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北海道のへそ

昨日〜今日、富良野市の気温は-15〜0°C。
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先週いたスコットランド・アイルランドよりぜんぜん寒い。
でも同じ頃、ヨーロッパには大寒波が襲来。スコットランドは Red Alert の猛吹雪となったそう。
イングランドでも雪が降ったって、ロンドンまで Morrissey を追いかけていった知人さん達が写真をみせてくれた。
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良い氷柱。
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良い雪だるま。ダルマ?
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自分は雪の日生まれなので、このしばれる環境に猛烈にしびれる。
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街中では、海外からのスキー客にしばしば遭遇。
英語か台湾中国語を話すヒト達とすれ違う回数のほうが、地元に住まう方々に出会う頻度よりも多かったかもしれない。


by snowy_goodthings | 2018-02-28 08:00 | 旅行記

Glasgow, Dublin, Belfast まとめ(こっそり再開中、たぶん終わらない)

昨年11月のLA遠足の写真現像および備忘録が終わっていないのに、次の遠足が始まって終わった。
あはは…
3月=年度末の繁忙期の寸前ぎりぎりで休める日を見極めて出かけたつもりが、
仕事がbitの波に乗って追っかけて来たり、30年ぶりにインフルエンザに罹患してフラフラになりながら帰国した翌日には診察を受ける前に出勤したり、その翌々日には診断を受けたけれど無理やり出張したり、挙句にオットに伝染したり、etc. なまら過酷な次第となったが、なんのその。
行って良かった。そして、また行くつもり。何処に行こうか、あるいは何処へ行けるか。

旅の"きっかけ"であった Morrissey グラスゴー公演については、バカみたいな負けん気を発揮して「メディアだろうが、ファンだろうが、何者だろうが、その場にいなかった連中が"偉そう"に当て推量で断定的物言いをする大儀は何ぞや、■▼◎×▲(←暴言自粛)」とか吠えながら書いたのだけれど、現在は如何ともし難い状況につき、後が続かない。
まぁ、いいや。いずれ書く。


UK & Ireland 自分みやげ:ペニー・ペンス小銭の盾。
これ!
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'LIHS'盾バッジをみていて、作りたくなった。
グラスゴーとベルファストでこまごまと現金精算して小銭を貰いまくったが、2pを獲得できず…がっかりして帰国したら、UKでの杖道セミナー経験豊富な師匠が持っていて頂くことができた。
先生、ありがとーう。(^o^)
3年前のグラスゴー遠足で余った、現在このままでは使用できない£1硬貨とセットで完成。


*


旅写真は、少しずつ現像しては Flickr にアップロード済み。


行き先について「いつか行きたい」と「また行きたい」とを実行できたのは嬉しい。
ただし、今回は"楽しい"とは言い難い写真も数枚、いや十数枚か、違うな、数十枚ほど。
もとい、100枚くらいあるかも。

*

10/1追記:

…と、書きかけて、旅の主目的=Morrisseyについては頭の血管キレそうな勢いで書いたものの、それ以外の見聞についてはなんと書こうか迷いまくって放置していた。

でも、ダブリン公演の朝に3Arenaのドア前で地べた座りしながら作業したという愉しい思い出を伴うデータプロダクション案件が、先々週1冊の本になって発行されたり、なんだか "きっかけ" という言い訳にできそうな事があったから、そろそろ書く。(本に書かれたフィールド期間が、このときの旅行+帰国直後の出張の期間とぴったり重なっているから忘れようがない)
それと、同じく先々週にCharles Aznavourお爺ちゃんのコンサートで歌を聴いていて、しばらくモヤモヤと考えていた事についてやっと閃いた。

次の遠足が始まる前に、書く。
ノ(^_^;

とりあえず…
2月17日のグラスゴー公演のブート音源とか聴くべ。←あの日の記憶に逃げる


10/2追記:

昨日「書く」と宣言してすぐ後、日本時間で21時過ぎに Charles Aznavour お爺ちゃんの訃報に接して、再び停止中。今年の2月にあった事について、思い出話とかをするのは、今はちょっと辛い。オレは、まだそんな年寄りじゃないから。2週間前の世界と今日の世界とが違い過ぎる。
なんなんだ。何が自分に起きているのか。大丈夫なつもりなんだけれど。


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■ February 16. 2018



■ February 17. 2018

たいへん長い1日でした。


Morrissey 'UK & Ireland Tour'グラスゴー公演について。
例によって自分の身体と知覚能力で見聞した事のみ書いた、自分のための備忘録。
故に、私の書いた事を信じてはいけない。これは私にとっての事実でしかない。
3年前に同じ場所でこのヒトを観た・聴いたときと自分の中での"Morrissey認識"はブレていないと思った。
おじさんが歌っている場所に居合わせたいのです。それだけ。
あ、ファン同士の絡み合いとの関わり方は変わった。
↑しがらみが面倒臭いというかツライ
3年前は肉も魚も卵も牛乳も摂取していたが、"いま"や最初の2つは普段から滅多に食べなくなり、後ろの2つも渡航先ではほとんど摂らなくても生存できた。
過去に比べたら、現在の自分は違っているか。


please kindly note*
© 2018 Yukiko Nakagawa
These photographs of "Morrissey" are just personal memories taken by NON-professional photographer audience, me.
Most importantly, Mr. Morrissey’s right of portrait has precedence over my copyright.


■ February 18. 2018

Charles Rennie Mackintosh詣で:グラスゴーの学校
そうそう、今年はマッキントッシュ生誕150年であります。


■ February 19. 2018

グラスゴーのバス停


笑い飛ばしてお終いにするべき現象なんだけれど、「私の意見」として書き残しておく。オレって小さい。
UKは"言論の自由"が保障されて三権分立した民主主義の元祖で日本と同じ立憲君主制の国ですから、たぶん許してもらえる。
したっけ、インターネットの普及により誰でも「意見」を述べられる時代にあって自分と異なる「意見」に接したとき、不寛容になる・否定したがる・勝ちたがる・黙らせたがるのは人類がどんなに理性・知性を持っていると偉ぶっても抗えない大脳辺縁系が働きまくる生存欲求なのかな。それって、動物・植物・etc. の生態系のあれこれと変わらない…
驕るな、人類。←ここ、笑い飛ばすべきところ
かつ、私の書く事など信じてはいけない。私の海馬は、私が見聞できた事のみ記憶している。ぜったいに全部ではない。
どうか、ご自身の身体を以って知覚して考えてください。
それこそが真実。
2月19日に書いた独り言を帰国後に書き直したり書き足したり4月1日まで加筆して、やっと腑に落ちた。
我ながら愚行だったが、押し黙っているくせに好奇心は隠せない"Just Look"な野次馬思考停止はイヤだったんです。
ごめん。


■ February 20. 2018

Morrissey, UK & Ireland Tour、ダブリン公演について。
セットリストは同じなのに、ショーの雰囲気は随分と違った。フワフワでキラキラ、とことん素敵な時間。
事実描写は少なめ、自分でもイラッとくるほど自分の独り言ばっかり。しかし、それが私。開き直る。


please kindly note*
© 2018 Yukiko Nakagawa
These photographs of "Morrissey" are just personal memories taken by NON-professional photographer audience, me.
Most importantly, Mr. Morrissey’s right of portrait has precedence over my copyright.

■ February 21. 2018

ダブリンの元薬局


■ February 22. 2018

ダブリンは緑、ベルファストは赤


■ February 23. 2018



■ March 24. 2018







by snowy_goodthings | 2018-02-25 00:00 | 旅行記

郵便ポスト

アイルランドの郵便ポストは、ナショナルカラーの緑色。
イギリスにおいて郵便ポストが「赤」と制定されたのは、1874年。日本の郵便ポストが赤いのは、英国の郵便制度をお手本にしたから。
アイルランド自由国が成立してグレートブリテンおよびアイルランド連合王国から自治領として分離したのが、1922年。その際、領域内にあった郵便ポストは英国王の紋章を削り緑色に塗り替えられたんだそう。
が、しかし。21世紀の現在も、街のあちこちに英連邦統治者の印が付いたポストが残っているらしい…と、知ったら探したくなるのが好奇心だらけな旅行者の性(さが)。
σ(^_^)

エゲレス・旧エゲレスの郵便ポストは、たいへん頑丈で物持ちがすごく良い。
これ、Edward VII って意味でしょ?在位:1901~1910だから、イースター蜂起よりも前。
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これは、George V(1910~1936)。この後に作られたポストは、アイルランド郵政 "P&T" 印に変わったらしい。
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あんまり「捜す」と意識しなくても、あっさり見つけられたので、あっという間に飽きてしまった。熱しやすく冷めやすい、滞在日数が少ない旅行者の性(さが)。
σ(^_^)


*


同じ George V 時代のポストでも、こちらは赤い。だって、此処はベルファスト。北アイルランドですから。
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帰国してから、あちこちもっと熱心に同じ事をされた方々の旅行記を拝見するに、アイルランド領内では緑色の"VR"(ヴィクトリア女王!)のポストなどもまだ健在であるらしい。すげえ。
エゲレス・旧エゲレス(←こういう表現をして良いのか、迷う)の郵便ポストは、たいへん頑丈で物持ちがすごく良い。


*


そのほか、旅写真は Flickr にアップロード済み。よく歩いた。よく撮った。






by snowy_goodthings | 2018-02-22 13:30 | 旅行記

Sweny's Pharmacy

今は死んでいる我が父親が文学好きであって良かった。おかげで私も文学はよく読んだ、子供の頃は。
父も私も同じ大学(良くも悪くも名乗るのが憚られるようなところ)の文学部出身であります。ただし、父はフランス文学科で私は哲学科心理学専修でしたから、私は10代終わり近くに文学からは離れたんだけれど。
/(^_^;


したっけ、私は今、ダブリンにいる。
だったら、やるべきは James Joyce『ユリシーズ』ごっこだろう…って、やった事は1つだけなんだけれど。
教会が怖いオレはミサを聞くのはすっ飛ばして、レモンの石鹸を買いに行くのでありました。←できる事が中途半端
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かつての薬局は、20世紀はじめの面影を残したまま薬局ではない場所になっている。
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ガラス張りのドアからふっと中を覗いたら、店内カウンター前の狭い空間には椅子がぎゅうぎゅう詰まっていて、男性ばかりが5人で読書会をやっている。入っちゃいかんかな?と思って躊躇していたら、真っ正面のカウンター向こうにいた白衣のおじさんと目が合って「おいでおいで」手招きされたので、えいやっと入ったら「時計回りに、ひとりX段落(←聞き取れず)ずつ輪読しているんだ。今は此処だから。」と、ぽいっと『若き芸術家の肖像』を渡された。はい?「大丈夫、僕らも読書会は初めてだから」とか、「私もフランス語が母国語だから英語の発音は上手くないから」とか、「ジョイスの英語はネイティブでも解らないから」とか、「君、何処から来たの?日本?僕は昨年、東京と大阪を旅行したんだよ」とか、励まされているんだか、宥められているんだか、乗せられているんだか、よく解らないまま、はじめての(英)読書会に参加…正確には引っ張り込まれた。
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私の席はこの写真右端の椅子、店でいちばん奥だから逃げようがない。

寿限無寿限無、ジョイスの文章。自分の英語音読について、出来の良し悪しはどうでもいい。どうにも読めない単語に出くわして詰まった時には2〜3方向くらいから発音を教えてくれる声が飛んでくるし、褒め上手な皆さんのおかげで楽しかった。
主人公 Stephen を"スティーヴン" と読むヒトと"シュテファーン" と読むヒトといて、ひとつの物語は読み手によって並行世界のような様相を呈する。読み手によってテンポが違うし、音楽みたいにも聴こえてくるし、いざ自分の番になって読み始めるとアルファベットが五線譜上の音符みたいに見えてくるし。ジョイスは声に出して読む英語だと知った。ただし字を追うのが精一杯で、咄嗟に意味がさっぱり解らない。なんとでもなれ。

自分が加わってから2周くらい読んで、終了。自分より先にいた若いお兄さん2人は途中でさらっと去っていった。にっこり笑って手を振り合って、お別れ。
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これも縁だろうって訳で、手渡された本は買った。
それと、目的のレモンの石鹸も。長崎銘菓カスドースのような、真っ黄色の石鹸。
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此処の運営・読書会の開催はジョイス愛好家のボランティアによって支えられているらしい。白衣のおじさんは「ちょっといってくる」と言い残して出ていき、残った店番のおじさんに「何処から来たの?」と訊かれたから日本から来たって答えたら、日本は何処にあるか知らないけれど遠いんだろう?店の中はいくらでも見ていって!とオススメされるもんだから、カウンターの中までずかずか入って彼方此方開けて見てしまう。
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いつも通り、外つ国を旅しているとオレはお爺ちゃんにモテる。暫く、アイルランドっぽい英語とフランス語みたいな英語と日本語カタカナ英語でちぐはぐお喋り。
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良いのか悪いのか、我が容姿は "遠い国から独りで来た若者" であるという印象を与えるらしい。いやぁ…私は結構いい歳をした大人なんだけれど。「撮ってあげる」と何枚も写真を撮られた。故に、珍しく自分が写った写真がある。(つぅか、おじちゃん撮りすぎ…帰国してからカメラのデータを開いてびっくり)
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フランス語みたいな英語を喋るお爺ちゃんは、カナダのモントリオールご出身なんだそう。おぉ、北米のパリですね。そのお爺ちゃんに名前を訊かれたので「ゆき子です」と答えたら、ぱぁっと笑顔になって、
「Yukiko! 君の名前は Yukio Mishima (三島由紀夫)と同じ音じゃないか!」と、両手を拡げて感激の意思表示を返された。

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…そんなことを言われたのは、初めてです。確かに、我が名と"三島由紀夫"とには alliteration と assonance とがある。
驚いた。まさかの展開。
シャープシューターでねじ伏せられたような衝撃。← 'Hitman Hart: Wrestling with Shadows' この比喩、わかりにくいか

ムッシュー、詩人!三島由紀夫の最後の作品である『豊饒の海』について、"The Decay of the Angel" だったかなんだったか「このような詩情豊かな表現をするMishimaは偉大な作家だ」云々、熱く語られた。その熱弁の力強さたるや…拝聴しているうち、私は目眩がしそうになる。

いよいよお店を出る時、お爺ちゃんに 'See you again, someday' と言ったら、「See you again じゃないよ、Farewellだよ」と挨拶された。
こうして、お別れ。そうか、一期一会か。


*


なんだか、ダブリンで再び文学愛に目覚めた。
前日のMorrisseyのショーでもそれを思った瞬間があったし、そういう潮目だったみたい。自分にとっては。三島由紀夫と Oscar Wilde と Sigmund Freud に嵌った中学生だった頃に戻った気分。もとい、フロイトは文学じゃないか。あぁ、それとJean Cocteauとかも通過したし…したっけ、自分が10代の頃にいちばん好きだったのは夏目漱石だった。そのほか、我が頭ん中には、今すぐにその名前を思い出せない作家先生達が多勢いらっしゃる。
面白い。なんだか、いろいろ思い出してきた。
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Sweny's に来る前、近くの公園に Oscar Wilde ゆかりの家や像があったから、ざっと駆け足気味に眺めて回ったんだけれど、自分の拙い知見では "何故このヒトが此処に?"とか思った。勿論、この人物がダブリン出身である事は知っているのだが、あんまり作品に "アイルランド" を感じた事がない。ヴィクトリア朝時代の作家であり、当時のアイルランドはイギリス(大英帝国)であったからかな。この作家はロンドンのほうが作品ゆかりの地が多い印象があり、終焉の地はパリである。それ故に。

おそらく、作家が生まれて死んだ時代の雰囲気から察して、私が自分勝手に受け取りやすいイメージで"在るべき場所"を捉えているんだろうな。

もっと後に生まれた James Joyce については、ちょー "アイルランド文学" の表現者と思っていたけれど、この作家も人生後半をほとんどアイルランド国外で過ごしており、スイスで亡くなっている。
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私が今いるダブリンで生まれた作家達に限らず。三島由紀夫でもJean Cocteauでも Sigmund Freud でも(だからフロイトは作家ではないんだけれどさ)夏目先生でも、そのほかの作家でも表現者でも、それぞれにとって、家庭とか故郷とか国とか…己の身体の"居場所"というか己の魂の"拠り所"はどう見えていたんだろ?何処にあると思っていたんだろ?考え始めたら、際限無く止まらなくなる。
彼等の生き様・死に様から、自分は何を知りたいんだか。伝記に書かれるような事実が実際はどうであったというのを云々するのは、徒労に終わるというか、ゴシップ好きを喜ばせるだけというか…そこに真実を求めるのはあんまり意味が無いという事は、ここ数日で身に沁みるように学んだ。だったら、己の感じ方・考え方に構っているほうが価値ありげ。自分の事は自分でなんとかする。私は私。うん。

"Patriotism is the virtue of the vicious" とは、ワイルドの言だったけ?切り取られた名言が多い作家だから、文脈全体で捉えないと頭が悪い自分は考えられない。えーっと…

そんなこんな考えながら、Davy Byrnes へ行って1杯引っかければ『ユリシーズ』ごっこはそれらしく終わったんだろうけれど、それはしませんでした。←できる事が中途半端


*


そのほか、旅写真は Flickr にアップロード済み。よく歩いた。よく撮った。



by snowy_goodthings | 2018-02-21 14:00 | 旅行記

the dark everglade the bonny laddie

マイクスタンドを提げて礼の後、'You'll Be Gone'。
今夜も Morrissey は歌っている。今夜もフワフワでキラキラにみえる。
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はじまりの挨拶は、Dubliners 仕様。

"Baile Átha Cliath! It's honour to be here."

その挨拶に対してアリーナからは「ようこそ」「おかえり」という意味の言葉をかけるヒト達が何人も。
柔らかい。

今夜のセットリストが金曜日のグラスゴー公演とまったく同じ構成だった事には、ずいぶん後になってから気づいた。
この場にいた時はグラスゴー公演とは全然違う印象だったから。
形容詞をどう並べてみてもうまく表現できないうえに語弊しかないんだが、金曜日は無礼なまでに粗っぽく熱苦しい嵐の祭典だったし、火曜日は穏やかで優しい歓迎の祝祭だった。どちらも、自分が立っていた場所の周りのヒト達の印象なんだけれど、それがそのまま自分のショーについての印象に重なっている。


昨年だったか一昨年だったかな、県の杖道講習会で他道場の方に
「石田先生が海外まで追いかけている、モリッシーという人はオペラ歌手なんですか?」と訊かれて
「いえ、オペラよりちょっと激しいお歌を歌う人です」と答えながら何故そう思ったのか不思議だったんだけれど、この夜に自分が撮った写真を眺めていて、いまさら解った。
例えば、これ
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オペラじゃなくて、リートかカンツォーネかシャンソンかあるいは叙情歌か昭和歌謡も"あり"かもしれない…音を伴わない写真でこの人が歌う姿をみたら、Crooner Cantante に見える。
もし、その柔らかくよく響く歌声を英語をまったく解さない耳で聴いたら、沈みこんでいきたい心地良さを感じると思う。
実際、我が配偶者はしばしばそういう感想を述べる。歌詞についてざっくりとした説明をすると、たいてい驚かれる。
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綺麗な声で歌われる楽曲は綺麗な物語ばかりではない…いやん、オペラもそんな歌ばっかりじゃないか♪歌劇の世界では愛憎ぐちょんぐちょんな楽曲ほど"名作"と呼ばれる。
Morrissey が歌うのは、全き人間の情緒のさまざま・世界の有様、いろいろ。オペラとは主題の捉え方はやや異なるが、綺麗な事・汚い事・心地良い事・気持ち悪い事…いろいろ。


そんな御大が歌う現場では、
歌と同じくらい切れ味抜群な刀のような言葉が抜き放たれてくる。
"... If you don't mind my saying so... You seem, you seem to be nervous. What is it? What's happen?"
以下、省略。
だって、思い出すだに悔しい。いや、書かなきゃ何の話か伝わらないか。でも、書きたくない。

屑みたいな噂話で'記事'を書いた新聞どものバカ。

そんな新聞を何紙も読んでしまったオレもバカ。
(T_T)
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誰なのか知らなくても構わないよって断わりつつ "Judy Blame に捧げる" と述べて始まった 'Home Is A Question Mark'。
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「知っているよ、ファッションデザイナーでしょ」「今日亡くなったんだ」とか、自分の後ろのお兄さん達が話していた。
だからって訳じゃないんだけれど、今夜は一緒に歌うんじゃなくて漂泊者みたいな歌の成り行きを静かに観ていた。

次いで、'I Bury The Living'で撃たれた。
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びっくり。そうなるかなって構えてはいたから、衝撃はほんの少しだけ。こちらも撃って(撮って)いた。


もっとびっくりしたのは 'Alone Again (Naturally)' で始まった 'Everyday Is Like Sunday'。
'Alone Again' は1コーラスのみ。
見間違えでも聴き間違えでもなく、確かに歌っているんだけれど、「何故?」とか「モリッシーが!」とか、起きている現象に一瞬付いていけなくなった。
先生、此処はお洒落再開発が進む埠頭ですから、駆け上がって身を投げられる塔はありません。

喜んで、さくっと
  In an effort to make it clear to whoever
  wants to know what it's like when you're shattered
一緒に歌い始めたダブリンの皆さんは、本当に柔らかい。頭も心も。

続く 'Everyday Is Like Sunday' の最後は "Oscar Wilde" の連呼で締め括られる。
初めて聴いたときからずーっと、並んだ詞のいくつかが冗談抜きで怖くて、いつも「苦手」と思っていた歌が、今夜は純な文学青年の歌に聴こえた。
えーっと、最初からそういうお歌だったのなら、ごめんなさい。どうか怒らないで。(頭では解っていたんだ)
そんでショックだ。自分、ワイルドがパリに客死したときの年齢を超えているんだ。

歌い終わった瞬間の表情に参った。しかし写真は無い。だって、ずっと見惚れていたから。
記憶に残そうと瞬き少なめに観ていたから、ずっと覚えていられると思う。


そして、'Speedway'。
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最後の最後 "true to you" の一節、
周りのヒト達がわぁっと悲鳴みたいな歓声をあげて自分の頭越しに Morrissey に手を伸ばしていくのに囲まれながら、ステージライトの後光に体の線が埋もれて華奢な女性のようになった(←こういう表現をご本人は喜ばないと思うけれど)Morrissey を見上げた瞬間、世の中の伝播・喧伝よりも自分の五感のほうが絶対に正しいと思った。それって「綺麗事」じゃないんだけれどね。
ものすごく単純。

目の前にいるのは、
素晴らしい音楽の使い手。良く響く声で、大切なこと:己の生き様を歌う人。

この修辞を自分が使うのは猛烈に恥ずかしい、でも"いま"は書く。異論は認める、かかってこいや。
Morrissey は柔らかい。そして、美しい。
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歌の中には、善き事も悪しき事もどちらもある。かくも潔い男は、なんと難しい存在であることか。
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今日の 'Irish Blood, English Heart' について、
自分が感想を述べるのは意味が無いと思う。ただ、"いま"は音と詞を大事に受け取る。
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簡単に「わかる」なんて、言えないんだ。
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今夜はお終い。

したっけ、Morrissey 一座のツアーはさらに続く。
もしイングランドまで追いかけて行ったら、きっと Morrissey は"いま"の2倍くらいのスケールに見えると思う。←感覚値
ロンドンまで追いかけていく知人さん達、いってらっしゃい。良い旅を。

でも、私の旅は辺境:スコットランドとアイルランドをぐるっと巡って終わり。
ものすごく単純な欲求に従って、また Morrissey が歌う場所に居合わせることができるように願うばかりです。
分断とか壁とか不寛容とか…いろいろ難しい時代だけれど、国境とか境界線とか越えて行って帰ることができる限り、自分は何処へでも行きたい。その日まで、自分は自分を頑張る。
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1. You'll Be Gone
2. I Wish You Lonely
3. I Started Something I Couldn't Finish
4. Suedehead
5. Jacky's Only Happy When She's Up On The Stage
6. How Soon Is Now?
7. Munich Air Disaster 1958
8. When You Open Your Legs
9. Who Will Protect Us From The Police?
10. World Peace Is None Of Your Business
11. My Love, I'd Do Anything For You
12. Home Is A Question Mark
13. I Bury The Living
14. Back On The Chain Gang
15. Spent The Day In Bed
16. The Bullfighter Dies
17. If You Don't Like Me, Don't Look At Me
18. Jack The Ripper
19. Hold On To Your Friends
20. Alone Again (Naturally) ~ Everyday Is Like Sunday
21. Speedway
Enc. Irish Blood, English Heart


撮り散らかした写真は Flickr にあります。
17日もそうだったけれど、ほとんど Morrissey おひとりしか写っていません。Morrissey しか見ていなかったみたい。


please kindly note*
© 2018 Yukiko Nakagawa
These photographs of "Morrissey" are just personal memories taken by NON-professional photographer audience, me.
Most importantly, Mr. Morrissey’s right of portrait has precedence over my copyright.



*


おまけ:
旅籠へ戻る途中、Luas車中はちょっとしたアフターショーパーティ状態。楽しそう。
他のお客さんに迷惑だって?大丈夫、この瞬間は乗客全員が 3 Arena にいたヒト達でしたから。

Dublin. February 20 2018

このまま残る2日半の滞在の後、幸せな気持ちで日本に帰れるかな。
実際には、やや大変な思いをしながら飛行機に乗ることになるのですが、この時はほんわり良い気持ちだった。


by snowy_goodthings | 2018-02-20 23:15 | 鑑賞記

詰まるところ、どうでもいい話 ←書き足していったら、そうでなくなった

旅行中はリアルタイムに情動の垂れ流しはしないようにしているんだけれど、堪え性がなくってやっちまった。
ノ(^▽^;
落ち着け、自分。自分自身がちゃんとしていれば、どうって事はないんだから。
…と、1週間以上経った今はそう思いつつある。


以下、2月19日にグラスゴー空港で Flickrに貼った写真と愚痴。
済んだ事だから消して忘れてしまおうかと思ったが、嘘偽りない自分の意見であるから、
ちょっと言葉を補って残しておく。バカみたいだけれど。

自分自身が責め苦に遭うのなら耐えようはある。
しかしながら、自分が思慕する対象(それが有機物であれ無機物であれ)が愚弄されたとき、それを守る手段として"怒り"を選びがちなのは人間の本性。
踏まれた足で蹴り返して笑い飛ばすには、我が技量は足りなかった。
珍しいと思うんだけれどね、自分がこういう物言いをするのって。完成までの道半ばな己を自覚している。


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グラスゴー空港でダブリン行き飛行機のゲート案内を待ちながら売店の新聞ラックを眺めていたら、隣のおじさんが立ち読みで広げた新聞が視界の隅に入ってきた。
どうやら一昨日にグラスゴーであったばかりのコンサートについてのニュース'記事'であるらしいが、それに大きく掲載されたMorrisseyの写真は一昨日にあったばかりのコンサートでの姿ではない。あれれ?

おじさんの立ち読みが終わるのを待って、買いました。
ついでに他にも5~6紙がばっと買った。だって、飛行機の出発時間が遅れているもんだから。

"The Newspaper that supports an independent Scotland" な THE NATIONAL紙 2018年2月19日号
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There is No Intention to Infringe Copyright.

…なに、これ?

1面表紙と3面記事、Gettyか何処かフォトストックにある過去のコンサート写真が目に入った時点で「記者が現地に赴いた取材記事ではない可能性がある」と疑わしくなりながら読んだら、その通りだった。
Morrissey がショーの途中で Nicola Sturgeonについて言及し一部の聴衆から不興を買ったという事実描写は必ずしも「間違い」ではないと思われるが、書かれた事だけがこの日のショーの「全部」ではない。
あの場にいた自分の認識だと、会場内がおおいに沸いた一瞬のお喋りの断片でしかない。
17日の夜にいくつかSNSに流れた言説を寄せ集めただけじゃん…後半にSNPメンバーでもあるファンによる「誰も出ていかなかった」「皆がショーを楽しんだ」という証言が長めに載っているのだけれど、伝聞調な書き方に留まる。
所謂インターネットの'まとめサイト'と同様な印象な記事。


私はステージのすぐ前:STANDINGフロアの先頭の柵前にいたから、後ろのお客さん達が複数人お帰りになったという事実をまったく認識していないんです。
翌朝(2月20日)、ダブリン 3Arena に並びながら UK & Ireland Tour 全公演を追いかけているmさんにこの話をしたら、2~3列目辺りにいた姐さんの隣の男性が「モリッシーへ何か叫んでから後ろに下がっていった」んだって。
記事に書かれた現象のうち少なくとも1人は確認できたから…この記事の全部が嘘だとは思っていませんってば。はい。
ヘ(^_^;

確かに、アリーナいっぱいに轟くブーイングは私も聞きました。
スコットランド人の気質を考えたら、自らの信条を傷つけられれば怒って帰るヒトがいて当然だと思う。
大笑いしながら拍手喝采している連中もいたんだ。
スコットランド人の気質を考えたら、長いものには巻かれたくないって喜んで Morrissey に賛同するヒトがいて当然だと思う。
あと23回くらいは繰り返し言っても良いけれど、民主主義は多数決ではない。

 ごめん、言葉が足りていないから、書き足す:
 スコットランド人の粗っぽい意思表示法を考えたら(←これはオレの偏見)
 おそらく「ブーイング」も「拍手喝采」も、
 どういう意味であったかは人それぞれ様々の意思であったと思う。
 Morrissey へ賛同した政治家へのブーイングもあっただろうし、
 この人物らしい発言だよねって受け流す笑いもあっただろうし…
 正解はひとつではない。

故に、現象の切り取り方がかなり限定的という印象。
「ショーがあった」報道の"記事"じゃなくって、扇動的な意図を以って書かれた「騒動」の"喧伝"。
Morrissey を蔑みたいのでしょうか?そうかもしれない。すべてのスコットランド人を一義的に括りたいのでしょうか?そうかもしれない。
これって、ニュースメディアの自殺行為を目の当たりにした気分なのだけれど、そもそもThe Nationalってそういう新聞?
だったら仕方が無いんだけれど、私はこういうの嫌い。←申し訳ない

まぁいいや。
私は余所者ですから。こういう時、日本人で旅行者という立場はたいへん都合が良い。

私はスコットランド人ではないし、そもそも政治家は好きではないけれど、Nicola Sturgeon のことを嫌いではありません。
一昨日のコンサート後、スコットランド議会に関するテレビのニュースや新聞記事をいくつか見聞した中での判断だから、すごい雑だけれど。だから、好きとは絶対に言わない。
政治は誰かに託さないと動かない。国民党がダメなら、保守党?(メイ首相の人相がどんどん悪くなっている)労働党?(コービンはなにやら妙なことになっている)緑の党?(よく知らない)自由民主党?(わけわからない)
いやぁ…あるいは、政党政治も限界かしら。そんな気もしなくもない。政治的な結社が今やわんさとある。

…おっと、そういう政治の話はさておき。ですから、私は余所者ですから。私はただの傍観者。


"いま"は、ニュースメディアについて突っ込みたいんだ。
自らの身体と頭を以て、知って、考えて、述べてください。誰か・何かの引用ばかりでなく。無理か?
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*


翌日(2月20日)、ダブリン公演で Morrissey は
"Did you realise that the press is just impossible? It's impossible. The press is impossible. Just, it's impossible."
と、言っていたような気がする。聞き間違いだったら、ごめんなさい。
無理か…ちょっと、ツライ。

こんな屑みたいな報道もどきな'記事'に、ナーヴァスになっていた自分が情けない。
こんな新聞に、グラスゴー公演について私の大事な記憶を台無しにされてたまるか。
負けないしっ。


*


3/18追記:

Facebook 'Morrissey-Official' に日本時間で今朝あがった 'Mgmt' の声明文を読みました。
'Morrissey' を巡る言論はどうしてもエモーショナルな表現が先走って議論として成立しないことが多いけれど(自分も巧くできる自信がない)、これには"agree"と意思表示できる。
自分もあの場にいたって体験が伴うからかな。

反駁の対象となっている The Independent の記事(リンクが切れている?)はさておき。
あんな'記事'はどうでもいい。
それよりも、
"This was reported correctly by Q Magazine and Clash Magazine who actually sent journalists to the show."
…と紹介されているうち、
Clash Magazine の記事は検索したらすぐ読むことができた。自分勝手に共感度が高い記事。

CLASH Magazine (www.clashmusic.com)
Feb 19. 2018

つぅか…
何故、こういう真っ当な取材記事が世の中にもっと伝播しなかったのか?
何故、扱き下ろそうという意図だらけな噂話の羅列ばかりが Copy & Paste されて拡まっていくのか?
そのことが、むちゃくちゃ悔しい。オレが悔しがっても、全然仕方が無いんですけれど。


それと、もうひとつ。
Q Magazine の記事はさくっと見つけられず。紙の雑誌かデジタル版を買えば読めるっぽい。
買うべ。もちろん、紙のほうを。

…と、'ニュースメディア' なる存在について期待するのは諦めがついたけれど、'紙媒体' の存在意義についてはまだ縋りたい。
これって、ダウンロード全盛の音楽産業においてCDやレコードやカセットテープが無くなってほしくないという希望とちょっと似ていると思う。




上記に関連して。
グラスゴー公演の撮り損じデータの中から、真っ黒い1枚を引っ張り出して露出を上げてみたら、アンコール時のSTANDINGフロアを振り向いて撮った写真が現れた。おぉっ!
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写真としては酷い写りですが、雰囲気は伝わるかな。難しいかな。
THE SSE Hydro の広いアリーナはショーが終わる最後の瞬間まで、ぎゅうぎゅう満杯だったのです。
本当に複数人が帰ったの?せいぜい、後ろに下がっただけじゃなくって?違う?
此処にいたのは、各々の思想についてお互いに同意・非同意さまざまあるが「Morrissey を好き」で一致する真っ当な人達。

あ、自分もそうか。
(^_^)


*


3/27追記:

グラスゴー公演のレビューが載った Q Magazine (May 2018)が届いた。総天然色、4頁。
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There is No Intention to Infringe Copyright.

英語表現の良し悪しは判らないけれど、ところどころショーの主役に対してなかなか生々しい描写をしているようにも思うんだけれど、あの夜に起きた事の全部を伝えようとしているのかなって思われる書き込みっぷり。たぶん。
そんで
記者さんのモリッシー観が察せられる箇所もあって、好ましく感じたり自分と違う視座だと恐れ入ったり。どっちも面白い。
自分が異論は受け付けないと決めた事象についての印象の不一致については、「人それぞれ」だからなんのその。自分が譲れないだけの話だから、どうってことない。私には、自分がいた場所で知覚できた現象の記憶しかないから。
やっぱり面白い。
この記事は、行間から人肌程度の温度を感じる。血も涙もある。我を忘れない文章運びに、逆に「情け」を感じる。

好きな人物・事物の記事が載った雑誌を探して買って読む、わくわく感。
なんて楽しいんだ。


…だんだん、タイトルと作文内容がズレてきている。
「どうでもいい話(it's less important to me)」ではなくなったので、私いち個人の体験談はそろそろおしまい。



*


4/1追記:

I wish you peace, love, etc (anything good) at Easter and always.

これでおしまい。

3月28日付の'Morrissey'署名の文章:
これ、何ですか?いずれにせよ、Facebookとかよりもファンジンっぽい手作り感があるこのサイトのほうが、「モリッシーらしい」と思うのは、私の偏見かしら。

拙い英語読解力で読んだ自分は、"いま"この人について憂いはないです。
憂うべきは、この人が対峙する現象のほうかな。
自分自身がその現象の一部であるから。この人について、観る・聴くとか、知るとか、考えるとか感じるとか、自分の身体を使えているのか、頭は働いているのか。自分の人生を謳歌する人間らしく振舞うことはできているのか。

Morrissey を嫌いなヒトでも、
"いま"という時代に生きる「表現者の言葉」として読めば、なにかしら思う事あると思う。そんな文章。しかしながら、いずれ新聞とか音楽商業誌によって部分引用・抄訳で全然違う意味(真意が解らないのに)に変わって流布していくのかもしれない。
私はそういうのは嫌い。故に、噂話には参加しない。


by snowy_goodthings | 2018-02-19 12:20 | 鑑賞記

THIS IS BELONGING

バス停で、FIRSTの500番バスことエアポートエクスプレスを待つこと暫し。

数秒おきに表示されるバス停の広告でいちばん印象が強かったのは、これ:英国軍の "THIS IS BELONGING" 。
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随分と当たりが柔らかく、特に若者にエモーショナルに訴えるであろうビジュアルな広告。
すぐ傍のお菓子のトラックと、ぱっと見ための優しい風味があまり違わない。これって、入隊募集広告なんですよね?


*


好奇心から帰国後にざっと広告業界紙などを調べてみたら、我が印象の通りだった。
英国軍は2017年から "若者向け"という制作(政策?)意図を以って大規模なリクルート広告キャンペーンを展開中であるそう。そして実際にキャンペーン効果はあって、10代〜20代の応募者が増えたとかなんとか。同時に、この広告キャンペーンに対しては様々な理由から「相応しくない」とする批判もあるらしい。
以下の記事が、参考になりました。
 ■宣伝会議 AdverTimes(アドタイ)(https://www.advertimes.com/
  March 13. 2018
 ■The Drum (https://www.thedrum.com/
  January 12. 2018
  Why is the new British Army advert actually a communication success? 


その'THIS IS BELONGING' キャンペーン:
ARMY BE THE BEST (https://apply.army.mod.uk/
 ARMYjobs CM

日本人の旅行者の分際で、CMをひと通り観た。短い時間に隙なく無駄なくメッセージが詰め込まれた端正な映像ばかりだから、つい全部を観てしまった。ぱっと見ための良さにグラッときた。
やばっ。
実写CMは、ダイバーシティ・マネジメントのお手本のような組織の描写。人種や宗教や階級や性別や年齢を超えて、ひとつの「使命」の下、規律を重んじ思いやりを以ってユーモアは忘れず結び付く若者達。とても美しい、理想的な光景であります。彼らがいる場所は戦場だから、これが現実世界だったら、異なる「使命」の下で同じように結束する若者達が画面には写らない向こう側に対峙する筈だけれど。
アニメーションCMのほう、Русский авангардのプロパガンダ・アートみたい…というよか、そっくりじゃん。情感たっぷりに解りやすく説き伏せられた気分になる。

冷戦世代の自分は、これら表現が怖い。国防の意義とか戦争が正義か否かとか、そういう話じゃなくって…人類がある限り、大儀は必要であるし、不幸な殺戮は無くならないし。そうじゃなくって…自分の生き方・将来の選択に関わる"きっかけ"がこれで良いのかな。その職業選択が、自分で選んだ己の生き様を全うするためならば、ぜんぜん良いんです。でも、もしかしたらだけれど、何人かに1人は"自分探し"のために身命を賭すのか。どうなんだろ。そういう疑問。

でも、ミレニアム世代にとっては違うのかもしれない。
誰かに「居場所」や「繋がり」が与えられることは嬉しいのかもしれない。「孤独」のほうが怖いのかな。「独り」は嫌なのかな。



by snowy_goodthings | 2018-02-19 08:53 | 旅行記

Scotland Street School Museum

祭典の夜が明けました。

昨日の食事は朝の1食のみだったから、腹が減った。
で、スコティッシュブレックファストから肉と卵と茸を抜いたら、こうなった。
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自分は菌類は食べるから、茸はあっても良かったかもしれない。前回の来訪時に比べたら、皿の上の景色は枯山水のような茶色い円を描く…変わったな、自分。

今日は宿替え。SSE Hydro Arena 近くのB&Bで3泊しても良かったのだが、明日正午の飛行機でダブリンへ移動するから空港行きのバス停が近い街中のほうへ。環状の地下鉄の北半分をぐるっと時計回りで Kelvinhall SPT から St Enoch SPT まで。
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地下鉄の駅から街に上がって思った、いちど訪れた記憶がある街というのは、なんて歩きやすいんだろう…頭の中で地図がぱっと広げられて、自分が何方を向いて何処にいるかちゃんと判る。ほぼ3年くらい前に、土地勘が付いた頃には帰らないといけないんだって思いながら帰国した時の"続き"の始まり、始まりぃ。

そんで、今夜の宿は前の旅で逗留した The Principal Grand Central Hotel。現役の歴史的建造物好みは、3年前から変わらず。
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街中に基地を移したら、すぐに行動あるのみ。
グラスゴーに来たなら、Charles Rennie Mackintosh 詣で。前回来た時に行けなかった建物について、ご縁があればいつか行けるさって思った通りに行く。
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Scotland Street School Museum 、来るなら此処と、決めていた通りに来た。
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「うさこ、学校見学」
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この建物は、グラスゴー教育委員会からの要請でマッキントッシュが設計し、1906年に開校した学校。どういう経緯があったかは知らないけれど、建物は1990年に再建されたもの。でも、外観も内観も20世紀からずっと此処にあり続けたような雰囲気がむんむん。
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現在は、19〜20世紀のスコットランドにおける初等教育の歴史・雰囲気を垣間見られる史料館。そうためか、来館者は子供連れ家族が多め。もちろん、私みたいな海外から「マッキントッシュ建築を観に来た」という大人の旅行者も何人か。
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階段を上がったり下りたり。3年前の旅で見た、いくつかの建物と共通する直線や曲線を探して見つけては喜ぶ。
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窓に填められた色ガラス柔らかい青と緑は、Queen's Cross Church の窓とよく似た形をしている。
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2階の男子更衣室・女子更衣室には開校当時の時代っぽい見た目な制服がずらっと。サイズは豊富に揃っていたが、うさこには大きすぎてオレには小さすぎた。
お嬢さん達に着替えさせて、楽しそうに階段の踊り場で記念写真を撮っていた家族連れがいた。
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「うさこ、学校に行く」うさちゃん、またしても前ボケになっちゃってごめんよ。
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「うさこ、校長先生に呼び出される」
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此処は20世紀半ばの教室かな。
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dunce hat はうさこよりも大きい。此処は先の大戦があった頃くらいの教室であるらしい。
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おそらくこの教室は最古、19世紀末頃っぽい。
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たいへん洒落た調理実習室。おぉっと、往時のグラスゴーっ子達は、羊肉の部位とか勉強したのか。
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建物の中で、此処、吹き抜けの階段がいっとう好き。外からの光が差し込んで建物の中が鏡のように艶々と美しい。崇高な理想で守られた静謐な空間であるかのように見える。"学校"って、そういう場所であるんでしょうから。本当は。実際はどうだか、さておき。
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ギャラリースペースでは20世紀半ば頃のグラスゴーの日常を撮ったモノクロ写真の展示をやっていて、これが自分の嗜好にもろ嵌った。
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それと、企画展示室でやっていたのは 'GlaswegAsians' 。グラスゴーにおける南アジア圏からの移民の歴史を紹介するもので、公共施設らしく"宥和"の視点から、新天地で労働し起業し努力し、家族と同胞と支え合い、先住の民と関係を結び地域に貢献し、時に献身を求められるまま犠牲を払い…等、過去には良い事・悪い事どちらもあって、現在だってそうなんだろうけれど、スコットランドともう1つか2つか3つ以上の故郷を持つ人達の記録が沢山。
おそらく理想的な事例として紹介されているのだと思う、SNP の Humza Yousaf 氏の存在を初めて知りました。スコットランド自治政府の動向について、日本に住む私はからきし疎い。私はこのカントリーについて何も知っちゃいない。
  *7/4追記:
  なぁーんと、こんな事が我が在所で起きた。
  ↓

第二次世界大戦を挟んだ「移民」の歴史については、昨年11月にロサンゼルスの全米日系人博物館見聞した。あの時と今日とで印象を比べてもしょうがないけれど、同じ事を感じたり考えたりする繰り返しだったり、だいぶ違う事を思い出したり 考えたりだったり。
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面白くもなんともないけれど、この時に頭に浮かんできたことを箇条書き:
肌の色とか民族とか国籍とか職業とか信仰する宗教とか慣習とか規範とか… etc. 故郷で・家族で伝承して自分を形成してきた文化とはまったく異なる土地に棲む事を選んで、日常生活の様式から異なる国での暮らしにすぐさま順応は難しい。新天地での生活様式に"同化"や"順応"ができるヒトもいるし、できないヒトもいる。
そんな困難な状況で、支え合う同郷の者・家族といった"仲間"を求めるのはヒトの行動として真っ当。かくして、"集住"という現象が起きる。リトル・トーキョーとか中華街とかリトル・イタリーとかタイ・タウンとか新大久保コリアタウン(最近は印亜大陸圏っぽい雰囲気)とか…ちょっとした観光地みたいな街になって栄えている場所は世界中にある。
一方で、ゲットーだかスラムだか呼ばれるような、元から棲む人々に恐れられ無法地帯となり行政から"隔離"されたような場所も世界中にある。
何故、そのような現象が起こるのか。色々あるだろうけれど概ね"ウマく"いっている地域と、悪いことばかりじゃないだろうけれど総じて"ヤバい"地域との差異って何だろう。

そんで、"集住"あるいは"隔離"という現象は、貧富とか階級とかの格差だったり、「移民」じゃなくって同一国・地域内の「移住」においても起こる。
そう捉えれば、広く緩く捉えれば、日本人で旅行者の自分にだって、それがどういう事なのか想像くらいはできそう。日本でだったら、「外国人材」とか「研修生」とか名義で、少子高齢化を背景とした労働者人口減少を補う名目だったりそうでなかったり、近しい現象は随分前から起きている。地方創生とか、高齢者の労働参加とか、女性の労働参加とか、労働需給のミスマッチとか、正規/非正規雇用形態とか、etc. ごっちゃになって、問題意識は無軌道に彷徨い出す。あららー。
今いる土地で起きた事象について見聞している筈なのに、いつのまにか地球の裏側で起きている別の事象についても一緒くたに考え始めている。いかん、それじゃあ。戻れ。

エゲレスで「移民」といったら、ぽこっと思い出すのは、‘My Beautiful Laundrette’ って1985年の映画だったかテレビドラマ。たぶん高校生だったときに1回観たっきり。"使用人だった連中に今や仕事を奪われた"みたいな意味の台詞(日本語字幕)、排斥される人間と下に生まれた人間とがざっくばらんに憎悪と愛情とを相手にぶつけるのと同じくらいに自分が所属する家族・友人にもぶちまけていた…のは覚えている。というか、そういう印象ばっかりが記憶に残っている。
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寛容と不寛容とを行ったり来たりしながら、登場人物達の多文化が多分裂にならないのは、"この国で生きるしかない"覚悟だか諦めがあるからかなって思ったような記憶があるようなないような。映画は虚構だけれど、現実に向かって開いている窓のようにも見えた。もし今、観直したら、どう感じるんだか。


それと、Morrisseyの'This Is Not Your Country'。
屡々、モリッシー先生の歌は浮世を映す鏡みたいに聴こえる。この歌がそう。そして、最近の作品もそう感じるものが多くって、昨夜は世界中の彼方此方に引き連れられていった。
この楽曲について、歌われたり、言及されたりする機会がたいへん少ない(もしかしたら、無い?)ように思うけれど、私は結構頻繁に聴いている。
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…と、生きている人間くらいの温もりをもった"ひらめき"を与えられる場所でした。
マッキントッシュがデザインした建物を見る事が目的でしたが、ぜんぜん違う事も見知った。さぁ、じゃあ、自分はどうするのだ。


*


そのほか、旅写真は Flickr にアップロード済み。よく歩いた。よく撮った。


by snowy_goodthings | 2018-02-18 15:00 | 旅行記

Glasgow, Glad to be here, Glamorous he looked here.

いち旅行者の分際で、グラスゴーという街について厚かましいくらいに"居心地が良い"と思ってしまうのは、
自分も北国の生まれだからかなって思っているけれど、よくわからない。
いずれにせよ、この街にまた来たかったんです。この街で Morrissey が歌うのをまた観たかったんです。
だから来ました。

ラフでタフで、親しげだけれど鼻っ柱が強い。気遣い細やかに優しくって、頑固に意地っ張り。
もちろん皆がみんそうではないんだけれど、スコットランドの、グラスゴーの人達ってそんな感じがする。
そんで3年前に初めて来た時よりも、その印象は強化された。
高いステージの上に立つ Morrissey に向かって、
ぎゅうぎゅうと押し寄せていって真っ正直に対峙する姿が素晴らしく潔い。バカみたいに正直。信じがたい偽りの無さ。
…と、
3年前はスタンド席から「すごいなぁ」と驚きながら眺めていた熱狂的な光景に、
今夜はその先頭に自分も加わってしまっていたという因果。自分、3年前からちょっと違っている。

Morrissey も、バンドも、ファンの方々も、そうでない聴衆の方々(一部を除く)も、会場のスタッフも、ツアークルーも、皆がみんな素敵なヒト達。
もちろん例によってちょっと頭を抱えた瞬間もあった。それも含めて、何事にも代え難い時間だった。

大仰だけれど、自分はこの場にいたことを誇りに思っている。
これって、自分がこの場にいたひとりだから可能な尊大な物言い。いなかったヒトにはわかるまい。
そういうものです。


*


20時40分頃からプレショービデオが始まり。
好きな曲・嫌いな曲、懐かしい歌・知らない歌、いろいろあると思うんだけれど、
集まったヒト達は「きゃーあっ」「うぉーうっ」とか「ぃえーいっ」とか、いちいち反応がでっかい。
いつも通り30分くらいの構成だったと思うのだけれど、あっという間に終わっちゃった。

主役達の登場は21時過ぎ。
ぐおーんと轟く音、GIFアニメーションのように同じ動作を繰り返す 作家で詩人で活動家の顔。
イスラエルについてもボールドウィンについても解っていない貧弱な我が頭脳には、この導入は難しい…
人種とか民族とか志向とか嗜好とか体制とか秩序とか、そういう事がぽこぽこっと思い浮かぶのだけれど、
それだけじゃ全然足りない。
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Morrissey が登場。
丁寧なお辞儀をして、'You'll Be Gone' 。

  Let's make this night a night to remember

始まりにして約1時間30分後には容赦なくやってくるお別れも意識される歌なんだけれど、今夜は能天気に憂いが吹っ飛ぶ。


"Thank you! I'm very proud to be here."

きゃーあっ うぉーうっ いぇーいっ

場内、狂喜の沙汰…

そして、'I Wish You Lonely' 。「グラスゴーのど自慢歌合戦」の始まり。
そうなると思っていて構えていたのに、Morrissey の声が聴こえなくなるんじゃないかと一瞬焦った。
いや、当然そんなことにはならなくって、
Morrissey が目の前に立った時にはマイクの向こうからPAを通す前の声も聴こえてきたんだけれど。
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Morrissey は今夜もよく通る声で歌っていた。大多数がスコットランド人の聴衆も、
でっかい声を張り上げてよく歌っていた。ついでに、日本人の私も今夜は歌っちゃっていたんだ。
  帰国してから、この日のブートレグ音源を家で流していたら、
  夫に「我が家がライブ会場になっている」と言われた。どうだ、すごいだろっ。


'I Started Something I Couldn't Finish' 'Suedehead' とぐいぐい。


'Jacky's Only Happy When She's Up On The Stage' は政治風刺の歌ではないらしいけれど、
どうしても最後は "Brexit!" 連呼しているように聴こえる。自分の周りのヒト達も、楽しげにそう歌っているように聴こえた。
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'How Soon Is Now?' で目の前に立ったのを見上げたら、後光が射しまくりで眩しい。
「神々しい」という修辞が浮かんできたけれど、違うな…このヒトは全き人間。
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'Munich Air Disaster 1958' のイントロが始まった時に思わず「あっ」と叫んでしまって慌てて口を塞いだら、
歌の主に見下ろされた。すみません…一瞬、いろんな記憶と思考・感情がぐるぐるっと巡ってしまった。
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今年、2018年2月6日が「ミュンヘンの悲劇」からちょうど60年の節目であったことは日本でも報道されていた。
だから、そういう時節だからこの歌が昨秋からセットリストに加わったんだろうと想像している。
でも、この歌を2017〜2018年の"いま"聴くと、
60年前に Manchester United というサッカーチームに起きた惨事だけでなく、もうひとつ、
ごく最近マンチェスターという街で起きた事も想起してしまう。これは真っ当な反応として許される?
…わかっていますってば。これは私の勝手な妄想です。
歌に書かれた詞の「解釈」から逸脱した行為だってことは、自覚している。放っておいて。


"When we released a recent LP, CD, the country throughout the world had gained that gave it the highest chart position was... Scotland! So, thank you."

きゃーあっ うぉーうっ いぇーいっ
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おそらく私が買った 'Low In High School' は、
イングランド(MPORIUM.UK 予約)およびアメリカ合衆国(Hollywood Bowl チケットバンドル)における
セールスチャートに集計されていると思うんだけれど、あんまり気にしない。
一緒に喜んでしまえ。←北海道民の大雑把な合理性
  いかん、忘れていた。
  発売日ぴったりには日本の Tower Records で輸入盤CDを買ったんだ。
  日本におけるチャートアクションはどうだったんだろう。

そのまま、お悦びのスコットランドの皆様はテルアヴィヴとベネズエラへ連行される。
ぱっかーんと開いている 'When You Open Your Legs'。
私個人の経験値ではどうしても捉えどころが難しい ’Who Will Protect Us From The Police?’ 。


大多数が素直で率直なスコットランド人の聴衆に対して、この日の Morrissey は素直で率直であったと思う。
もとい、ステージに立っている時の Morrissey はいつも自分が感じて考えたことを真摯に述べている。
おそらく過去から現在に至るまで、ずっとそう。論理的な根拠は無くて、漠然とした印象であるけれど。
おそらく最近になって揺れている・ブレているのは、そんな御大を観る・聴く"受け手"である
我々の意思の強さとか覚悟の出来具合じゃないんだろうか。
いかん、「我々」って他人ことはどうでもいいや…私自身はどうだろう?時代の雰囲気に流されたり、
ニュースメディアに翻弄されたり、他人の行動や言説を気にしたり、
果たして自分で見聞して自分で考えるということをできているんだろうか?

"I'm curious to ask you a question. Do you actually like Nicola Sturgeon?... Those hands would be in anybody's pocket."

ぶぅーっ うおーうっ あーぁっ

怒号のようなブーイング、悲鳴、戸惑いのどよめきとがアリーナの高い天井を反響してぐるぐる降り注いでくる。
その一方で、私のすぐ後ろの地元っ子達はケラケラと拍手喝采していた。
つまり、アリーナの聴衆からは、肯定と否定・感謝と困惑と拒否とがそれぞれ等分ぐらいに表明されていた。
民主主義は多数決じゃない。

はっきり言って、スコットランド議会の動向なんて日本ではほとんどニュースに流れない。
ニコラ・スタージョンについて「イギリスからの独立を問う住民投票の再実施を要求し続ける自治政府首相」くらいの
認識しか自分は持っていないんだけれど、辺境の首長は"いま"何をしているのか?

いや、ちょっと待て…これは、政治家がどうこうって話ではないかも。
真意は測りかねる。

思い出した。
3年前のグラスゴー公演でも、こんな肯定と否定・感謝と困惑と拒否がないまぜになった瞬間があったんだ。
あの時は、Morrissey は確かこう言っていた。
  “I know many of you will disagree with me, but... well you might,
   I was very disappointed by the outcome of the referendum.
   You missed your perfect chance. You could have had them on the run.
   Maybe next time."

3年後の"いま"、スコットランドはどうなっているのか?スコットランドの人々の意思は何処にあるのか?


その問い掛けの後、歌い出したのは 'World Peace Is None Of Your Business'。

  Each time you vote you support the process...
  Brazil and Bahrain
  Oh, The USA. So many people in pain...

あぁ、アメリカの歌になっちゃった。
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Morrissey というヒトはとても優しい。ただし、甘やかしてはくれない。

したっけ、 'My Love, I'd Do Anything For You'。

  We all go out own way separately in the same direction
  and here am I every night of my life always missing someone

ぶらゔぉーっ もりしぃー ほぉおーっ

見事なセットリストの術中に嵌ったような気がする。もう逃げられない。


この夜の最高潮は、'Home Is A Question Mark'。異論は受け付けない。今夜ばかりは譲れない。

  HOW MANY TIMES I'VE SAVED MYSELF!

モリッシーが最後の1フレーズを聴衆に委ねてくれた瞬間。撮った記憶がないのに写っていた怪奇現象。
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それに応えたグラスゴーの人達の、剥き出しな熱情は強烈。すさまじい一体感。

"I was very impressed by... I was very impressed by the final notes. You did very well."

せんきゅーっ

一緒に歌った自分も幸せでした。
(^▽^)


がらっと雰囲気が変わって、'I Bury The Living'。
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マイクスタンドをアサルトライフルのように構えられると、怖い。
手の内ができている(←武道用語)から、余計に気になる。

  I'm just honor-mad cannon-fodder...

詞の字義通り「戦争」の歌と思って聴いていて、それがあまり遠くに感じられないというのが"いま"。
この歌を「格好良い」と思って聴いたらいけない気がして、ぞっとする。
ちょっと脱線するのだが、新譜"イエローヴァイナル"の言い回しが堅い日本語詞は、
余計な情緒を廃したニュートラルさが良い按配だと最近しみじみ感じ入っている。あ、英語盤も読んでいましてよ。えぇ。
日本語表現としてどう補うかは、鑑賞者の現実世界の認識状況によっていくらでも深くも浅くも捉えられるから。
初めてこの歌を聴いた時は、自衛隊海外派遣のニュースに親戚のお兄さんが映っていた日のことを思い出したんだけれど、
これを書いている"いま"は、いつまでも終わらないシリア内戦の映像がぐるぐる自動再生される。
そんな具合に、あれやこれや。


このまま奈落の底へ突き落とされるかと思ったら、軽やかに引っ張り上げられて 'Back On The Chain Gang' 'Spent The Day In Bed' 。
バンド紹介では Morrissey が Boz を "Good English Dog" と呼ぶもんだから、
後ろの若人達は喜んで "dog. dog. dog." 囃し立てていた。あはは、情け容赦がない…


'The Bullfighter Dies' の後、
これが"いま"歌われることの意味を、わざわざ詮索がましく考えたくない。'If You Don't Like Me, Don't Look At Me'。
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バンドの人達の今日のTシャツには "NO ONE LIKES US, WE DON'T CARE" の文字。
本当にそうなの?
"いま"此処にいるヒト達の多くは、貴君の存在によって良く生きているんでしょうに。
かく書く私自身は自分勝手に生きているけれど…そうですね、
「Morrissey」を知っているのと知らないのとだったら、知っているほうがうんと良い人生だと思っている。
たぶん、世の中にそういうヒトは結構いる。だから、Morrissey を好きなヒトも嫌いなヒトも、同じように Morrissey について知りたがるし語りたがる。「好き」と讃えることで相手に近しい高みに昇る達成感を得るヒトもいるし、「嫌い」と罵ることで相手を見下ろす優越感を得るヒトもいる。
語るヒトの数だけ、さまざまな Morrissey がいて、どれも真実の Morrissey ではない。
私は、"いま"目の前にいる Morrissey しか知らない。


"We are not finished yet."

こんどこそ突き放されて遠くに行ってしまいそうだと思ったら、
'Jack The Ripper' 'Hold On To Your Friend' で近付いてくる。そう簡単に離してなるまい。
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'Every Day Is Like Sunday' で高揚して、 'Speedway' で感激した。
奮い立たされたり、ぶん殴られたり、慰められたり、振り払われたり、絡まれたり、言い諭されたり…etc.
1時間30分くらいの間に、本来ならば1年半くらいかけて感じたり考えたりするであろう感情・思考がぐるんぐるんに動いた。
あっちこっちにとっ散らかっている。
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できればずっと続いてほしいけれど、2月17日の「死者の日」が終わる時はやってきてしまう。
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"I'm always prepared to be sentimental. So, let me just say... I love you."

最後の「あぃらゔゆぅ」がむっちゃ可愛らしかった。

別れの歌は 'Irish Blood, English Heart'。
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間違えているかもしれないけれど、少し詞を変えて

  To be standing by the flag, not feeling shameful, Revolutionist or Partial

…と、歌っていたように聴こえた。

Morrissey は歌うヒトであって、政治活動家ではない。
自ら国境を越えて行き様々な国で己の歌声を響かせるその生業は、排他的思想の持ち主にはできることではない。
おそらく…自分はそう思っている。"いま"起きている事から捉えられるのは、それだけ。
この人の考え方・感じ方はどうとか解くよりも、この人の歌を自分はどう受け止めるのか。後者で自分は手一杯である。

きゃーあっ うぉーうっ いぇーいっ もりぃしぃー

ショーの最後の最後、見事に脱ぎ放ったシャツが目の前に飛んできた。
一瞬、視界が灰色になって「あれ?」って思ったら、自分の頭上に沢山のヒトが群がっていた。
その隙間から、ステージのバックドロップに「詩人の血 Le Sang d'un poète」の詩人が自らの頭を撃ち抜くシークエンスが繰り返し流れているのが見える。何故だろう。
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ショーは終わった。
自分の左手には、ハトメが付いたシャツの前立てが残っていた。
聖体拝領…いや、Morrissey は人間ですってば。だから。
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セキュリティ、朝から一緒に並んだヒト達、近くにいたぜんぜん知らないヒト達、いろんな方々に
"Are you OK?" と声を掛けられて、他にもなにか言われたような気もするんだけれど、ほとんど覚えていない。
"I'm OK" と "Sorry" をそれぞれ10回ずつくらい繰り返して、
LAから来た女の子に助けてもらいながらフラフラと立ち上がった…ような気がするんだけれど、
実際のところはどうだったんだか。この辺り、ぜんぜん自分の記憶に自信が無いのです。

もし、この時に自分が失礼・無礼な事をしていたら、
今更ですし日本語で書いても詮無いことですけれど、お詫び申し上げます。ごめんなさい。
そして、どうもありがとうございました。
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終わった。
最後は前後不覚に陥ったけれど、その寸前までの記憶はぜんぶ大事に持って帰ります。
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自分はもっと良くなれる。ならなければならない。


1. You'll Be Gone
2. I Wish You Lonely
3. I Started Something I Couldn't Finish
4. Suedehead
5. Jacky's Only Happy When She's Up On The Stage
6. How Soon Is Now?
7. Munich Air Disaster 1958
8. When You Open Your Legs
9. Who Will Protect Us From The Police?
10. World Peace Is None Of Your Business
11. My Love, I'd Do Anything For You
12. Home Is A Question Mark
13. I Bury The Living
14. Back On The Chain Gang
15. Spent The Day In Bed
16. The Bullfighter Dies
17. If You Don't Like Me, Don't Look At Me
18. Jack The Ripper
19. Hold On To Your Friends
20. Everyday Is Like Sunday
21. Speedway
Enc. Irish Blood, English Heart



*



撮り散らかした写真は、Flickr にあります。
柵にしがみつつ左右と後ろからぎゅうぎゅう押されながら撮ったので、どの写真も酷くブレている。でも、忘れたくない光景ばかりだから。


please kindly note*
© 2018 Yukiko Nakagawa
These photographs of "Morrissey" are just personal memories taken by NON-professional photographer audience, me.
Most importantly, Mr. Morrissey’s right of portrait has precedence over my copyright.





by snowy_goodthings | 2018-02-17 23:00 | 鑑賞記

日の出〜日の入り

もうちょっと寝るつもりだったのに、深夜2時に目が覚めた。外はまだ雨が降っている。

テレビをつけたら、平昌オリンピック国際映像を淡々と生中継するチャンネルがあって、フィギュアスケート男子フリーをやっている。韓国は今頃夕方、17時頃かしら。
Patrick Chan の 'Hallelujah' を観て、途中からだぁだぁ涙が滂沱として止まらない。
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(C)Harry How/Getty Images
(T_T)

冬季オリンピックについてスコットランドやアイルランドでの報道はかなりあっさりしていて、スポーツニュースの中で2〜3番目くらい。
自国代表の選手が良い成績を残すと少し丁寧に取り扱われて、グラスゴーでもダブリンでも、テレビのニュースや新聞のスポーツ面で割と多く見かけたのはカーリング女子スコットランドチームとか。あと、アルペンスキーがちょっと。
自分が観たのはそれくらい。

試合を最後まで見届けたら、雨が止んだようなので出発。
食事付き学生寮みたいな風情な宿から SSE Hydro Arena までは徒歩10分くらい。深夜というには遅すぎて、明け方というには早すぎる時刻ゆえ真っ暗なのだが、ざざざっと到着。
アリーナの正面入口、庇の下には折りたたみ椅子に座ってコートをかぶって寝ている女性を先頭に寝袋がゴロゴロ。皆さん"宿無し"ではないんです。宿には荷物だけを置いて、わざわざ此処で寝ているんです。
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時刻は4時半過ぎくらい。「貴女のほうが遠くから来たんだから」と譲られて私が9番、ブカレスト公演以来の知人さん(同じ宿に泊まっていたので、一緒に来た)が10番(その後、「10分しかいなかった」という理由により1人がリストから消されて、ひとつ番号は繰り上がった)。
寝袋の中から現れた人達は、過去に日本を含む何ヶ国かで何度も遭遇した人もいたし、初対面な人もいた。ほぼ全員と、ざっくりとしたご挨拶を交わす。
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前回=3年前の此処での公演では、前日の正午から並んだ男性が先頭だったと記憶している。あの時は前日から「急に春が来た」と地元っ子が驚くくらいな晴天の暖かさだったんだ。今日は違う、暦の通りに寒い。
天気予報によると、この日のグラスゴーの気温は2~8℃。しかしながら、SSE Hydro Arenaがある一画は、クライド川から風が容赦なく通り抜けてくるから体感温度はぎりぎり氷点下いかないんじゃないかってくらい冷え込んでいる。自分が吐いた息が凍って溶けて、前髪が濡れる。
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「グラスゴーの夜明けだよ」うさちゃん、今日は一日が長いぞ。
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7時過ぎには、昨夜のアバディーン公演に行ったというスペイン語訛りのお兄さん達が到着。詳細はたずねなかったけれど、深夜バスで移動してきたっぽい。ちょい強面なお兄さんが、河内弁みたいな英語(←雰囲気で察して)で昨夜のショーについて"Morrissey was beautiful, so beautiful, beautiful..."と3~4回 "beautiful" という形容詞を繰り返し話す様子は、たいへん印象的でありました。
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並ぶとはいっても、ずっとじっと会場の前にいた訳ではなく。宿には朝食を摂りに1回戻り、午後にはもう1回着替えに戻り、トイレへ行きたくなれば隣の展示場へ何度も出入りし、気晴らしに川を渡った先にあるSTARBUCKSまでコーヒーを買いに行くという名目で散歩をしながら大きな虹を眺めたり。
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17時過ぎた頃だったかな。
"一部の熱狂的なオーディエンスが深夜から会場前に並び、勝手に入場順リストを作っている"件について、先頭の女性ともうひとり、勝手をよく知っていると思しきお兄さんがリストを手に何度か誰かに交渉しに行き、「queue list 最初の25人まで先に入場できる」となったらしい。queue list に名前を書いた全員が正面入口:South Entrance の4つあるドアの左端に番号順に呼ばれて整列。いつのまにか、40なん番かまでリストは伸びていたんで、驚いた。
その交渉役を果たしたお兄さんとは短いお喋りをする瞬間があって、「今どんな心境?」と訊かれたから私は馬鹿正直に「nervousです」と答えたんだが、そうしたら「それはexcitingと言うんだよ」と突っ込まれた。そうか、その方がより良い表現です。Morrissey が歌う場に来たんだもん。
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ドアが開いて、10人ずつ呼ばれて入場。
front row の客となるからかもしれないけれど、ボディチェックは上着を脱ぐように求められたりカバンを開いて中を見せたり、そのあと一斉に入場したお客さん達に比べて相対的に念入りだったっぽい。アリーナへのドア前でいったん止められて、会場スタッフのお姉さんから「あなた達、朝から1日外に並んでいたんですって?え、カナダから来た?クレイジーね!」とか、まぁ、いい加減に聞き慣れた、"頭がおかしい"という反応を受けながら(もし自分が日本から来たとか言ったら、なんて言われたんだろ)、「走らないでくださーい!」と指示されながら、ステージ真ん前へ。わぁーい、遂に来た。
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そのあと客入れ中に、ステージ前中央よりやや下手寄りの柵前にいた自分から自分が見える範囲で起きたこと:

自分の少し後ろで女性のお客さん2人が口論(?)を始めて、会場セキュリティが仲裁。片方が柵を越えて別の場所へ移動していった。喧嘩の理由は不明で、そのあとに残った女性はそれ以上は何も言わず。私もすぐに彼女の顔を忘れた。

ステージ中央真正面に向かってトラブルメーカーっぽい男性が1人突っ込んできて、3~4列目辺りまで来たところで周りの客から「出ていけ」ブーイングを受けていた。会場側セキュリティのチーフらしきおじさんが何度かおとなしくするように注意したが収まらず、最後はアリーナ後ろまで下がれと宣告。暴れるかと思ったら言う事を聞いて去っていった。一昨年ヘルシンキのフェスでMorrisseyのひとつ前のショーで、よく似た人が同じトラブルを起こしていたが(その時はちょっと巻き込まれた)、まさか同一人物ではあるまい…たぶん。

身の丈が高い面々が影絵芝居を始めた。ただし、"あらすじ"は無い模様。
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ステージと柵との間を右に左に移動するセキュリティのお兄さん達に「お水いる?」と何度も訊かれた。脱水症状もろもろを心配しての配慮らしい。

かくして、長い長い今日という1日の"本番"がやっと始まります。



by snowy_goodthings | 2018-02-17 19:30 | 鑑賞記


日常瑣末事記録


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