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家へ帰ろう / El último traje

日本語と英語のそれぞれ毎日のように否応無く眺めるニュースサイトで Albert Finney の訃報を目にして、Morrissey の追悼文(Morrissey Central / 2019年2月8日付)を読んで、私が生きている時代が移ろっていくというか終わっていくとか過ぎていくというか、そういう時間経過を否応無く感じさせられる。

Albert Finney について、1959年生まれのモリッシー先生がお薦めされる作品は 'Charlie Bubbles' だって。
1970年生まれの自分が思い出すのは 1974年版の「オリエント急行殺人事件」(ただし、リアルタイムでは観ていない)とか、晩年の作品に分類されるであろう「ビッグフィッシュ」のお父さん(ちょー、好き)。ちょっと世代差を感じさせられる。

そんなこんな、週末。

*

1月中に映画館での上映が悉く終わってしまったのだが、ご近所の映画館でアンコール上映が始まったので喜び勇んで行った。運が良かった。
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(C)HERNANDEZ y FERNANDEZ Producciones cinematograficas S.L., TORNASOL FILMS, S.A RESCATE PRODUCCIONES A.I.E., ZAMPA AUDIOVISUAL, S.L., HADDOCK FILMS, PATAGONIK FILM GROUP S.A.

アルゼンチンを旅行したばかりだからか、気になっていた映画。ただし主人公のお爺ちゃんは映画の始まりでとっととアルゼンチンから出国してしまうので、"あ、見覚えがある"と思った景色はほとんど出てこず。
ヨーロッパを西から東へポーランドを目指す旅の中で明らかにされるのは、88歳になるポーランド出身でアルゼンチン国籍のお爺ちゃんのホロコーストの体験、その後の生き様、兄弟のように一緒に過ごした筈の友人との約束。

独り暮らしの爺さんがどうしようもなく頑固でときとして周囲の人々と軋轢が生じるのは、よくある話。そんな頑固な爺さんが旅すると、出会った人々を魅了する素敵な振る舞いができてしまうのも、よくある話。そうやって頑固な爺さんと出会った人々との間には善き事ができあがっちゃうというのも、よくある話。
それら現象の一部始終を鑑賞している自分も、物語の終わりには頑固な爺さんが幸せになるよう願って祝ってしまいたくなるというのが、たいていの顛末。今回もその通りでした。

ホロコーストの記憶について語る場面。
父と伯父の最期・妹との別れについて、順序を変えて2回繰り返していた "no me lo contaron." "yo lo vi." の台詞には、他の登場人物と同様に絶句。"誰かに聞いたのではない" "私が見たんだ"主人公自身のその目で。
遠い国・地域での歴史として眺めるか?人類の教訓として捉えるか?たかが映画と思って観るだけか?


例によって"文化的・言語的な障壁を考慮して、読解力・考察力が最も低い観客に適合させました"的な邦題は、この作品についてはOKな印象。(外国映画の日本公開でしばしば起きる怪奇現象:あんまり物語の主題からかけ離れた邦題がつけられがちな傾向は、その事に我慢して自己解決できる強烈な洋画ファンしか付いていけなくなると思う)
原題(英題は直訳の 'The Last Suit')は、主人公が旅する"きっかけ"を表しているのだけれど、最後にはあっさりとした扱い。あんまりモノを象徴的に重々しく扱わないところがアルゼンチン人の気質なのかしらとか思ったり。ちょっとお国柄の違いを感じさせられる。そういう感覚を得られることが、面白いの。

*

12月にブエノスアイレスの街中をぐるぐる歩き回った時、セントロでたいへん立派なシナゴーグがあったのを思い出した。
ちょこっと調べてみたら、19世紀末に建造された"南米最大"の礼拝堂だって。
例によって宗教施設は苦手なので中へは入らなかったのだけれど、平日の日中に開いている博物館があってアルゼンチンにおけるユダヤ教の歴史・文化を知ることができるらしい。

かつ、ブエノスアイレスには、パレルモに"南米最大"のモスクもあった。モザイクな街。

…と、思い出してきたから、そろそろ旅行記を書こう。忘れ難い体験をいくつもしたんだから。映画をきっかけに、"やる気"になってきた。


by snowy_goodthings | 2019-02-09 15:30 | 鑑賞記

YUKIGUNI

1月は映画館で観たかった映画が何作品かあったのだけれど、ことごとく機会を逸した。
たかだか2時間かそこら、そのくらいの隙間時間を自分のものにできないのはいかんだろうってことで、出勤時間をズラして映画鑑賞。

たまぁに観たくなるのは、ドキュメンタリーというジャンルの映画。
カクテル「雪国」生みの親、山形県酒田市が誇る日本最高齢(大正15年生まれ!)の現役バーテンダー、井山計一氏の半生。
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(C)いでは堂

ポスターに書かれた "古びない「美しさ」や「愛おしさ」とは何か" はカクテルの話かと思ったら、ちょっと違った。
あんまり計算高くなく詰め込まれたエピソードの数々は、夫婦や親子の物語だったし、好きな事を極めて生きるために必死な職業人の物語だったし、地方都市の戦後の盛衰の物語だったし、いろいろ。それらシークエンスの数々の真ん真ん中で、バーテンダー氏は軽やかに飄々と振舞われていた。
驚異、60年を超えるキャリアのルーティン。



by snowy_goodthings | 2019-02-08 12:25 | 鑑賞記

NJPW presents 'CMLL Fantastica Mania' at Makuhari Messe

日本にいながらルチャを観ることができる1月。
いつもはキャパシティ16,500人の Arena Mexico を熱狂の坩堝で煮たぎらせているであろう CMLL の Super Estrella がわらわらと大挙して日本へやって来て、東京・大阪・地方都市の1,000人前後規模の会場を巡業する。それが1月。
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昨年はテレビで観ていて、今年は会場で観ようって決めていたのです。やったぜ、来たぜ。
(^▽^)
会場の物販で、むちゃくちゃ欲しかったCMLL85周年記念本「Lucha Libre, 85 años」の英語版を購入。英語じゃないと一生の残り全部をかけても読みきれないから、嬉しい。
しかも、Dragon Lee 選手にサインしてもらえた僥倖。書いてもらえるならば是非このページ、 Arena Mexico の古い写真見開きに!(さすが、身体能力が高いヒトは字のレイアウトが上手)
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ドラゴン・リー君は、マスク越しにクリクリとよく動く瞳と笑顔が丸見える可愛い男の子でありました。リングの上での精悍な佇まいとはぜんぜん違った。


"新日本プロレスリング主催イベント"なので、新日レスラー達もわらわらと登場。
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KUSHIDA選手、大人気。
彼はまもなく新日本プロレス所属選手ではなくなるそうですが、世界の何処かでプロレスラーとして跳躍することは変わらないみたいなので、いつでもどこでも観ることができるんじゃないかしら。そういう理解で良いのかな。
プロレスの団体は様々。プロレスの興行の在り方は様々。プロレスの試合は様々。全部がプロレス。

"戦慄の逆輸入" OKUMIRA選手は、CMLLのルード。
ナマハゲ選手は…え、誰?鈴木軍のあのヒトと体格は似ているけれど、違うのか。
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Caristico の登場に感動。初代"神の子"が降臨。ふわっと飛んでみせた時の姿勢が芸術的に綺麗なの。
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Mistico & Dragon Lee 兄弟タッグに感激。このヒト達の試合を観たかったから。したっけ、対戦相手のVolador Jr. & Flyer 組の動きもキレッキレで見事でさ。
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リング上から溢れてくるのは、ひたすら"陽"の気ばかり。ヒューン、バッタン・バッタン…と、やっている事は痛そうなんだけれど、あっけらかんとしている。めまぐるしくって、愉しい。そして格好良い。
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マスクマンって、ヒーロー戦隊みたいだ。「愛」と「勇気」と「友情」と「尊敬」と「憧れ」と…えーっと、そういう言葉がわらわらと思いつく。
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日本でルチャを身近に観ることができる機会を有り難がりつつ、来年も観に来ようと決意しつつ、やっぱりいつかはルチャ本場のアレナで観てみたいと思った。
いつもするみたいに仕事と稽古との隙間日程で慌てて行って慌てて帰ることが難しい土地だから(高地だし、いろいろあるし)、「行きたい」と言うばっかりで全然実現できていないけれど。まぁ、自分の事だから、いつかは必ず行くんだと思う。今までもそうだったんだし。言霊だから、書いておけば近々1〜3年くらい経たない間に行けるでしょう。


*


来日中のルチャドールの皆さんが、試合が終わるたびにSNSのアカウントなどで日本の観衆に対して丁寧に感謝の言葉を綴っているのを見て、King Crimson の Robert Fripp氏が日本のお客さんの鑑賞態度はメヒコのそれとはぜんぜん違うって話していたのを思い出した。
(^_^;
日本のオーディエンスはおとなしいというか「謙虚」、メヒコのオーディエンスは騒々しいというか「豪快」みたいな印象であるらしい。かつ、フリップ先生は、どちらも特別な聴き手なんだって仰っていた。

感動や感激の意思表示を仕方は、お国柄やマナーや個人のそれぞれで随分と異なる。
だけれど、熱狂的だから伝わる・良いとか、控えめだから伝わらない・悪いとかって事はないんだろうなって思い至った。

…かしらね?




by snowy_goodthings | 2019-01-16 21:35 | 鑑賞記

NEW JAPAN PRO-WRESTLING WRESTLE KINGDOM 13 in TOKYO DOME

クリスマス前には兄が(またしても)宝くじ当然確率並みに珍しい病気で緊急入院し、元旦からはオットが熱を出して動けなくなり、それでも稽古納後と稽古始前の練習は行ったんだけれど…
まぁ、その、つまりは年末年始をおめでたがらずに過ごしていましたが、今日はおめでたい日でした。

なんとか熱は下がったがパフォーマンスが下がりきっているオットをべーゔぇに積んで、首都高をばびゅっと北上。途中、目の前にダンボール箱が散乱していてびびったけれど、1時間もかからず到着。

人生初、イッテンヨン。
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*Original Image on Flickr

東京ドームはコンサートで来る場所だと思っていた。(あれれ?)プロレス観戦は初めてです。1階スタンド席上段からリングは遠かったけれど、祝祭の高揚感は素晴らしい。

Congratulations on your becoming 3rd time RevPro British Heavyweight Champion (and new belt), Zack Sabre Jr! Amazing tekkers!
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*Original Image on Flickr

o(^▽^)o

で、新日本プロレスリング日本語サイトの「試合結果」に載っているフィニッシングホールド名がすごく長い:Hurrah! Another year, Surely This One Will Be Better Than Last; The Inexorable March of Progress Will Lead Us All to Happiness'。
新日本プロレスリング英語サイトのほうには 'Jim Breaks Armber' って表示されている。んー、確かに試合中にそのアームバーはやっていたけれど、最後は卍固めで両腕をそっくり返して締めていたように思う。
*1/5追記:翌朝には英語サイトも修正された

…あ、これか。



技名の出典は、Youthmovies Soundtrack Strategie の2004年に発表された、とことん長いタイトルのシングルそのままであるらしい。うぅ、俺って無知。
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*Original Image on Flickr

ともあれ。とにかく。
東京ドーム38,000人超の観衆の中で、SPLXプロレスのZSJジャージを着ていた超マイノリティの自分(私1人ではないと思うんだが…珍しいらしく、知らない人にすごいガン見された)は、この結果がとことん単純に嬉しい。


すべての試合でチャンピオンベルト所持者・上下関係が変わる展開。正直、自分には試合の内容・勝敗の結果について「良い」or「悪い」は判らない。
ただ、最後の試合は、どちらが勝っても「すごいなぁ」と思った。時間経過がものすごく速かったのは、どちらも強くて負けず嫌いだからか。現れ方がずいぶんと違うけれど、2人とも相当な役者で大した策略家で真摯な闘士。
キャリア20年おめでとうございます。MOTHER2は私も大好きです。
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*Original Image on Flickr

なお、さんざん煽られていた「イデオロギー闘争」についてはよくわからない。
(^_^;
イデオロギーとは絶対的に主観的な世界観であるから、闘争が起きるのは当然だし一時的な勝敗はあっても一義に決着しないのが必然だし。むしろ、闘争するくらいに自分の信念を掲げて喧嘩みたいな「試合」するくらいの自信を持っている人達がいるって現象が快い。そのくらいのほうがプロレスっぽいじゃん。
殺し合う果たし合いではない。魅せ合う果たし合いである。

したっけ、棚橋弘至選手の勝利はあまりにも劇的。
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この人は、何故にあんなに必死に頑張る姿を惜しみなく見せつけられるんだろ。いち観衆としては、年齢とか故障とかピンチに陥る試合展開とか、etc. いろいろ余計なお世話な心配をしそうになるんだけれど…試合の最後、そういう痛々しい悲壮感は寸止められて、ぜんぶ感動に置き換えられてしまう。
そうやってのける、恐ろしいまでの強引さをこの人は持っていらっしゃる様子。
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*Original Image on Flickr

理屈じゃないんだよ。格好良いんだ。

楽しかった。すごいなぁ、(新)日本のプロレス。
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*Original Image on Flickr


入院中の兄は The Rainmakerオカダカズチカ選手が"推し"らしく、オカダがメインじゃない東京ドームなんてあり得ないと主張する兄と棚橋がメインで良いじゃないかと主張する妹とで、元旦には微妙な闘争ごっこをSMSでしておりました。
今日の全試合結果を知ったら、我が兄はどういう反応をするんだか。
(^_^;
兄妹でプロレスについて会話をしたのって、おそらく1983年の第1回IWGP優勝戦でアントニオ猪木(←プロレス選手としては記号化した存在なので、あえて呼び捨て)が失神KOしたのをテレビ中継で一緒に観て以来かも。私はあれ以来「プロレスは痛い、怖い、胡散臭い」って遠ざけていた。

あぁ、あの頃は昭和だった。私はそこそこの子供だった。
(^_^;
今は平成。その時代も、もうすぐ終わる。うーん、歳月は人を変えた。あ、自分の事です。
"今"のプロレスを面白がっていられる事を慶ぶ。

お兄ちゃん、
お見舞い・お土産に大会パンフレットとThe RainmakerのTシャツ買ったからねー。


試合とは直接関係無いのですが、東京ドームの外:会場整理や物販ブースで働く方々が年配の方も若い方も、皆さん物腰が柔らかく感じの良い笑顔で接してくださる人達ばかりだったのが印象的でした。
物販ブースの行列を整理するセキュリティのおじさまの「左手が棚橋選手、本隊」「勝利した内藤選手などロスインゴは右手…惜しくも敗れたケニー選手もこちら」という案内のちょっとした気遣いの細かさよ。


*


翌朝、兄から「ニューヨーク、観に行くのか?(今年4月6日にMadison Square Garden でROHとの共同興行がある)」とSMSが飛んできて仰天。
行きませんっ!
(^_^;
でも、今年8月31日の新日本プロレスリング初めてのロンドン興行 at Copper Box にはグラッときている。ただし、私自身の大会シーズン真っ只中である…と、悶絶中。

私の海外渡航計画は、稽古と仕事との調整およびモリッシー先生しだいです。はい。
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by snowy_goodthings | 2019-01-04 21:20 | 鑑賞記

欲望の翼 / 阿飛正傳 Days of Being Wild

デジタルリマスター版になって13年ぶりの劇場上映。
諦めかけていたけれど、「ブエノスアイレス」を観てブエノスアイレスにでかけた余韻ついでに行った。観た。2018年12月31日の上映終了前に間に合った。
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(C)East Asia Films Distribution Limited and eSun.com Limited.

作品ができた時からの時間経過なりに自分も年齢を重ねているからか、過ぎ去ってもう決して戻らない時を振り返る感覚で過剰に感傷的な気分になってスクリーンを観てしまう。
したっけ、初めて観た時の「えぇっ?!」という驚きはそのまま。だから「懐かしい」というのとは、ちょっと違う。ふわっと面倒臭くややこしい感情がぐるんぐるん。



by snowy_goodthings | 2018-12-29 17:00 | 鑑賞記

マイ・プレシャス・リスト / Carrie Pilby

"What's so great about being happy anyway? There are some brilliant unhappy people. Kierkegaard, Beethoven, Van Gough... Morrissey!
Anyway, I'm not unhappy..."

キャリー君、
モリッシーさんも君と同様に自分を unhappy であるとは思っていないのでは?今の"いま"は…
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(C)CARRIE PILBY PRODUCTIONS, LLC.

上記の台詞を聞きたいがためだけに観たんだけれど、IQ185の頭脳を持って生まれて18歳でハーバード大学を卒業してしまって「やりたいこと」をみつけられない19歳の女の子の成長物語は、とっくに大学を卒業した大人の自分でも「そう思う時ってあるよね」と頷いちゃうのでありました。親や周りの大人に対して、級友や他の同年代の子供に対して、自分が暮らすコミュニティやもっと広い社会に対して、etc. 彼女のようになにもかも全部じゃなくっても「我慢できない」瞬間が、自分にも昔あったし今もあるもん。

映画は2016年制作。
でも大晦日で物語が終わるので、観るなら今週〜来週が良さげ。


by snowy_goodthings | 2018-12-22 21:00 | 鑑賞記

タカタイチハウス in 横浜

初めてのタカタイチ鑑賞。
TAKAみちのく選手・タイチ選手の自主興行で、鈴木軍やKAIENTAI DOJOやその他所縁の男女選手が登場するんだろうなってくらいの事しかわからぬまま、ラジアントホールに到着。
キャパシティは400席くらいで、満席。リングがたいへん近い。

試合開始前、ファンの方から「良かったら投げてください」と紙テープを渡された。おぉ、お気に入り選手が入場するたびに紙テープの雨がリングに降り注ぐ"ふれあいタイム"がある。
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どの試合も、泥臭く自分がやりたいようにやっていて、その一方で客席をよく見ていて、ファンを煽ったり声援に丁寧に応えてくれたり、めまぐるしい。
どの試合も、展開が個性的で面白かった。
出場選手の全員についてその来歴を知らぬまま観戦していましたが、初めて観た選手でも試合が進むに従い、どういうキャラクターであるのか、相手選手との初対面の探り合いだったり因縁の有無だったり相性だったりが、わかってくる。誰が観ても愉しい1話完結のシットコムを観ているようでした。男も女も格好良い!

あ、何度も繰り返していた「"日本で一番横浜が好きです"って言えよ」は、場外乱闘なネタぶっこみだけれど。
出典:新日本プロレスリングのSANADA選手(もちろん、解りましてよ)
(^_^;

TAKAみちのく選手の試合はずっと生身を観てみたかったので、観られて良かった。昔の映像は見たことがあったけれど、今の姿を見なきゃいかんだろって思っていたことが叶った。タッグマッチの全体を重心低めに制御していたのは、このヒトかしら。
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タイチ選手は、頑固に遠慮が無くって、それでいて優しい。そして、あべみほさんの表情豊かに動き回るセコンドっぷりが可愛らしい。彼・彼女のことは、同郷者の贔屓目で贔屓したくなる。
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試合について「グダグダ」って言及が選手本人達からあったけれど、その言い回しはネガティブに響かない。誰かが「あれ、もしかしたら体調悪い?」と思ってしまう動きをした時はあったけれど、次の間には誰かが綺麗に引き継いでいた。緩そうで隙は少ないノリがこのヒト達の魅力なのかなって、すとんと腹に落ちて納得。

最後の「大阪居酒屋ひさ presents 賞金争奪バトルロイヤル」は、男女お互いに情け容赦が無く、時に空気を読みつつ気遣いながら各々が見せ場を作って楽しげに乱戦する有り様は壮観。「グダグダ」じゃなかったさ。
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締め括りの「タカタイチ、2番!わーっははは、あーあっ…」のご発声にも付いていけた。初めてなのにっ!
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とことん、愉しかったです。


by snowy_goodthings | 2018-12-22 15:30 | 鑑賞記

King Crimson at Century Hall, Nagoya Congress Center

東京で1回観たらもう1回くらい他都市でも聴きたくなると思って(チケット発売開始時は Morrissey の南米ツアーが2018年12月にあるって噂が気になり、千秋楽の頃ならクリスマス休暇寸前だし大丈夫なんじゃないかしらと勝手な見通しを立てて)チケットを買っておいたんだけれど、その通りの巡り合わせとなった。ツイていました。

11月28日は「ギターの日」だと思った。今日12月21日は「ドラムの日」だと思った。
ちょうど目の前に Fripp先生がギターを弾く姿がよぉく見えたのだけれど、音の印象はギターのギュインギュインよりも3ドラムのドコドコが強かった。同じ曲でも、似たフレーズの違う曲のように感じる。
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神がかり的な音の圧力に金縛りになりそうな緊張感を覚えたのが、11月28日。長い芝居を観終わった清々しい解放感みたいだなって思ったのが、12月21日。

諸行無常。8人の大人達は、今も日々変化を続けている。



■1st HALF
DRUMSONS AS IF FOR THE FIRST TIME / Hell Hounds of Krim
NEUROTICA
CIRCUS / Cirkus
OMRN / One More Red Nightmare
RED
CADENCE / Cadence and Cascade
DISCIPLINE
INDISCIPLINE
------COURT SUITE:
MOONCHILD CADENZAS
ITCOTCK + CADA / The Court of the Crimson King
ISLANDS

■2nd HALE
DRUMSONS AS IF FOR THE LAST TIME / Devil Dogs of Tessellation Row
DAWN SKIRMISH LAMENT / Lizard
EPITAPH
EASY MONEY
RADICAL 1 / Radical Action (to Unseat the Hold of Monkey Mind)
MELTDOWN
RADICAL 2 / Radical Action II
LTIA 5 / Level 5
STARLESS

■Enc.
SCHIZOID / 21st Century Schizoid Man

…セットリスト=曲目・曲数という既成概念にそぐわない。


*


以下、
2018年12月21日、King Crimson 'Uncertain Time 2018 Japan Tour' 千秋楽 名古屋国際会議場センチュリーホールでコンサート開場前に開催されたロイヤルパッケージでの見聞について、覚えていることだけ順序ごっちゃに、自分のためのメモ。
英語の逐語では覚えていられなかったし、全部を受け取りきることはできず。おそらく意味を取り違えている箇所があるけれど、酷い誤解はしていないと思いたい。自分の知覚と知力の問題だから、気にしなーい。


■最初に1人で登場したMr. Robert Fripp 曰く、

"私は1957年12月24日にギタリストになった。まもなく、ギタリスト人生は61年が経過するが、その間、私は演奏者としての修練を積み続けてきている。
一方、貴方達は良い聴衆になる鍛錬を積んでいるか?"

"12月7日は何処での公演だった?(客席から「金沢」と応答あり)その日はステージで演奏中、今まで感じたことがない感覚を覚えた。それはステージで演奏している時には感じたことがない感覚だった。"

"パフォーマンス中の写真撮影を禁止している理由について、日本の武道:合気道の稽古に喩えて説明したい。
師匠と弟子とが掛かり稽古で対峙した時、師匠のおこなう稽古とは師匠が弟子の練度を見極めて必要な事を伝えるものであって、弟子の要求に応じて師匠が動くことは稽古ではない。"

"日本の聴衆は特異、listening に長けている。一方、メキシコの聴衆も特異である。両者は異なっており、どちらも我々にとって重要な聴衆である。
日本の聴衆は、こう(両手を揃えて目を閉じて「うん、うん」頷きながら聴きこむ様子)。メキシコの聴衆は、こう(両手を左右に広げて笑顔で興奮している様子)。"

"演奏中、我々は客席をよく見ている。
東京公演では Jeremy Stacey のドラム真ん前、最前列の客が寝ていた。また他のある日には16列目の客が椅子の下からボトルを取り出して飲んでいたと、終演後に話題になった。"

... etc.

聴衆への"鍛錬を積んでいるか?"の問いかけの時、ひとりだけ私の後方の男性が "Yes" と答えたら、目をかっと開いて "You are liar!" と舞台上から身を乗り出して指差してきたから、びっくり。でも、その様相は「厄介で怖い」ではなく、「難しいけれど魅力的」でありました。鍛錬不足な自分は「沈黙の行」でただ拝聴するのみ。

合気道の喩え話は、武道稽古者である自分なりの理解だけれど…師匠から直接に教えを受けることができる稽古とは"一期一会"の他に代え難い機会である。すなわち、師匠=キングクリムゾンが今夜することは今夜聴衆が知るべき音楽を選んで演奏することであり、弟子=聴衆諸君の「あれを聴きたい」「これを演って」といった要求や「撮りたい」「録りたい」といった欲求に応えることではない。そして、聴衆がするべきことは演奏を観る・音楽を聴くことのみ。そういう意味だろうか。
2週間前の日曜と金曜にサンパウロとブエノスアイレスで舞台上のMorrissey に対して何度かカメラを向けていた自分ですが、King Crimson に対しては同じ事をしたくはない。表現者の素晴らしい有り様は、それぞれ異なるのだから。
したっけ、Morrissey との対峙にも、此処とは違う武芸者・格闘家の真剣勝負みたいな快感があります。写真を撮る理由は…あ、ここで書く事ではない。

メキシコの聴衆の鑑賞態度がアーティストに強烈に好ましい印象を与えるという事実は、疑う余地無く「本当」だと思う。
残念ながら私はメキシコには行ったことがないので、メキシコを含む中南米、ラテンアメリカ地域というざっくり広いエリアで捉えることで理解する…という具合に、61年間のキャリアにはまったく敵わないけれど、私なりに拙い経験を総動員しながらお話に付いていくのでありました。
で、その話をされたのは、「Meltdown: Live In Mexico」3CD+Blu-ray を買って観なさい・聴きなさいという意味かしら?


最後に御大がカメラを取り出して「さぁ、皆さんも撮りたいでしょう?」とお許しのご発声があって、撮影し合いっこ。
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■後半、King Crimson "9番目の男" ことDGMプロデューサー/マネージャーである Mr. David Singleton 、そして途中から現れた Mr. Tony Levin 曰く、

"今回のロイヤルパッケージは、日本ツアー最終日であり2018年のツアー最終日である今日が最後。来年には内容が変わる予定。"

"Robert Fripp はぜったいに質問には答えない。"

Q. 1970年代の King Crimson こそ「至高」であると、過去に留まる・過去の面影を期待するファンもいるようだが…
"私は過去が全盛期だったとは考えていない。現在の King Crimson が最高であると思っている。"

"今は、ツアーをおこなうことが楽しい。新譜の制作のためにスタジオに篭るためにはツアーを中断しなければならない。今は、その予定は無い。"

Q. 大阪公演1日目に'The ConstruKction of Light'の演奏をミスしてから毎公演この曲をセットリストに組み込んでいるのは、完璧な演奏をしたいという思いからか?
"セットリストを決めているのは Robert Fripp だから、彼が何を思って加えているかは解らない。あの時にミスをしたのは、たまたま僕(Tonyさん)ではないんだけれどね。"

Q. 4弦・5弦・12弦、ベースの使い分けは難しくないのか?
"大丈夫、12弦は違う楽器のようなモノだから。4弦と5弦は弦1本だけの違いなので、持ち替えた瞬間に迷う時はあるけれど。でも、すぐ慣れる。"

Q. 先程、皆さんは演奏中に客席をよく見ているという話を聞いたが、本当か?
"見ていない。演奏中はもう少し遠くを眺めていて、良い演奏をすることに意識を集中させている。"

... etc.


あれっ…'The ConstruKction of Light'' は名古屋では演らなかったですよね?
「現在の King Crimson が最高」という話はかなり丁寧に言葉を重ねて意思表明をされていた。メンバーの入れ替わり(離れただけなら"いつか再び"はあるかもしれないけれど、亡くなった方はもう戻ってくることはない)、時代変遷による技術革新、年齢を重ねたなりの経験・演奏法の変化、etc... 今できる「最高」を追求することを止めていない、今を生きている。そういう事かしら。

30分ちょっとの表現者達との邂逅は、猛烈に心踊る時間でした。ロイヤルパッケージ終了後に握手して頂いたTonyさんの手は、想像していたよりも華奢だった。


またいつか、会う・観る・聴く機会があったら、嬉しい。その日は来るかな。


*


コンサート終了後、円頓寺商店街近くでひとり酒。熟成古酒、旨し。
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大人で良かった、俺。


by snowy_goodthings | 2018-12-21 23:59 | 鑑賞記

Lady, you are beautiful, the most beautiful lady. Be my golden jail and don’t release me.

*例によって何の事だか解りづらくしたいだけのタイトルは、映画「セシルの歓び/A Coeur Joie」のサウンドトラック、'Do You Want To Marry Me' の歌詞から。ただし、私のパパはギャングではない。

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ほぼ18時にアリーナのドアが開いて、queue list の順に突入。
20時をかなり過ぎた頃にステージの隅に DJ Zuker が登場したんだけれど、よくよく聴き覚えがある曲の2〜3曲めくらいで我が記憶はぶっつり失くなっている。1枚だけ写真が残っている。でも、まったく何も思い出せない。どうやら、おそらく、私は立ったまま寝ていたらしい…そりゃそうです、昨夜からこの時間までの睡眠時間はのべ2時間足らずくらいですから。モリッシーのショーを追いかけると、どうしても超短眠になる。
で、我が記憶はプレショービデオが始まった瞬間から蘇るのです。恐るべき、我が身体機能。今夜も Edith Piaf の'三つの鐘' で10月1日に亡くなった Charles Aznavour お爺ちゃんを思い出すのだが、今此処で泣くわけにはいかないと堪える。これは堪える。"国葬されるのは嫌"と仰っていたらしいお爺ちゃんの棺がパリから世界中に生中継された時は猛烈に哀しかったが(お爺ちゃんが死んだことが?Pashinyan首相の弔辞は公人としての経歴から察して良しとして、Macron大統領の長過ぎた演説が?)涙は一滴も出なかったのに、何故、今さら泣きたくなるのか。日本へ帰ってから滂沱する機会はいくらでもあるから、今はやめておけ。今夜はそういう時じゃない。


21時38分、El Jefe Morrissey 登壇。

"Les quiero. Les quiero. Les quiero."

しかしながら、Jesse のギターが technical problem で音が始まらない(前にもそんな場面に遭遇した記憶がある)。
"いろいろあってね"…と、暫し間。
"What do you do? Television cameras, many people, no sound..." 間を繋ぐ歌い手のお喋りをオーディエンスは聞いているのかいないのか。待ちに待ったこの人の到来に歓喜の声のほうが多く聞こえてくる。

"愛している"とか。

"結婚して"とか。

Morrissey は "Mamma Mia!" と言っていたけれど、私は私で、1時間30分後の今夜の終わりには "Morrissey is beautiful." と思おうとこのとき後先を考えずに決めていた。私の感覚では、およそ3分の間はとても短かった。
だから、全然問題無し。

'William, It Was Really Nothing' が始まったら、その寸前まで何が起きていたかなんて、もう誰も気にしていない。たぶん、そう。今の"いま"、目の前の瞬間の享受に忙しいんだ。それしか遣るべき事はないんだ。

"Thank you. I am extremely sincerely so happy to be here." と仰っていた言葉はそっくりそのまま書き写してリボンをかけてお返しします。
出発直前まで業務多忙だったし、北半球から南半球への乗り継ぎフライトで疲労しているし、昨夜から睡眠不足であるせいなんだ…認知機能がイカれて、Morrisseyが視界の左右に動くだけで感動する。血圧が上昇しているから、目の前に立たれると五感が過剰に働いて頭のてっぺんから靴底まで凝視してしまう。
感情の起伏もいつもより過剰になっているという自覚はあるんだけれど、残念ながら武道稽古者の性(さが)でその感情を面に出して表現する術を私は持たない。えーっと、なんだろ…すなわち、上手く表現できないんだけれど、自分はとっくに「幸せ」を感じている。今夜も Morrissey は歌っている。
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開場を待っていた間にリハーサルで 'I'm Throwing My Arms Around Paris' が聴こえてきた時、ブエノスアイレスが"南米のパリ"と呼ばれる理由って、見目麗しい街並み景観だけが理由じゃないのかもしれないとか思った。芸術と美食の都であるパリは、石と鉄で造られた街で、デモと革命が繰り返されてきた街である…という特徴はブエノスアイレスにもそっくり当て嵌まる。

Morrissey がこの歌を今夜選んだ理由は、おそらく純粋にパリを思ってのこと。たぶん。
背景に投影された"右派でも左派でもない"マクロン大統領の政権に対し起きている「イエローベスト運動」は、極右政党も極左政党も支持する"政治活動ではない"抗議活動。もはや左右では分けられなくって、単純に上下でも捉えられない。
彼らが訴えていることは、Morrissey が途中から歌詞を変えて歌った通り、"誰もマクロンを求めていない"。そのまま、それだけ。

The French have made themselves very plain
The French have made themselves very plain

名も無き人達が「生きること」を難しくする存在に抗って立ち向かっていることは判る。同時に、そんな人達が集団になって行動することの危うさも感じる。
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'How Soon Is Now?' では、罪なまでに下卑た内気さの後継者は
My life, My life...
My life is an endless succession of people saying goodbye
My life is an endless succession of people saying goodbye
…と、歌っていた。
2018年の今、1985年の歌と2004年の歌とが繋がった。どちらもこの歌い手の生き様。思い出すたびにじわじわと骨身に沁みてきて、ゾッとする。
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したっけ、難しい思いをさせられるばっかりじゃなくってよ。
アルゼンチンでも "good airplay" 展開中の(今日もタクシーの中でこの曲が流れるのを聴いた)新曲 'Back on the Chain Gang' から 'First of the Gang to Die' が続いた時のワクワク感はたまらなく楽しかった。

'First of the Gang to Die' で、舞台下手からふわっと浮き上がった女の子の手を Morrissey がぎゅーっと握って引っ張り上げて抱き合っていた。あぁ、もう。なんて素敵な光景。
"my friend, my friend, my friend..." アリーナじゅうのみんなが Morrissey の友になる。
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その光景をタイミング悪く撮った写真を日本に帰ってから現像していて気づいた。この素晴らしい瞬間をモノにした彼女は、アリーナのゲート前で並んでいた時にお母さん・お姉さんと一緒に日本語で「はじめまして」と私に挨拶をしてくれたお嬢さんだ!お母さんとは英語で少し話をして、自分の娘は日本文化に興味があって日本語を勉強しているという話を伺ったんだ。なんと、あの彼女だ。
で、この写真をFlickrに貼っておいたら、今度はお父さんから"記念にこの写真を貰えるだろうか"とコメントを頂いた。私はお父さんとは直接会話をしていないんだけれど、アリーナの周りで並んでいる地元っ子達を撮った写真の中に、このご一家が1枚ばっちりあったから驚いた。オレ、なにか予感することがあったんだろうか?
さらに驚いたのは、彼女は前回のブエノスアイレス公演(2015年12月9日/Teatro Ópera)でステージへ昇り Morrissey に抱きついた、ものすごく若いというか幼い2人のファンの片方だったということ。その出来事については、今は無きfanzineサイトに子供たちの写真が載ったのを覚えている。それを読んで、アルゼンチンのファンの熱情は凄まじいと思ったんだ。
すごい。Morrissey は彼女のことを覚えていたのかしら?そうだったら、素敵。驚異的な記憶力の持ち主だから、きっとそうだ。そうあってほしい。
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ところで、アルゼンチンでは熱狂的なオーディエンスのことを'MOZ Gang'と呼ぶのですか?
女の子のお父さんから貰ったメールに"you can be part of our moz gang,"って書いてあった。開場を待っている時に少し話をした Typical MOZ のお兄さんからも、"君が queue list の1番?じゃあ君が first of the gang at arenaだ"と言われたし。Morrissey 界隈に集う人々は猛々しく情に厚い。
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その Typical MOZ のお兄さんは"これ('Low in High School' ヴァイナル)にサインをしてもらいたいんだ"と話していた通りに、Morrissey にサインをしてもらっていた。"きっと叶うよ、そう願っている"と言った私は、その事実を見届けられて嬉しい。
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…と、
他人様の good things を「素敵だ」「嬉しい」述べている私は何をしたいのかって書くならば、此処にいられることがただただひたすらに幸せであります。
私は Morrissey に対して「なにをしてほしい」「なにをしたい」という要求は無くって、前から何度も書いている通り…この人が歌っている姿を見たいという欲求だけがあるのです。どうかその場に居合わせる事を許してほしい。
ついでに、この人が歌っている瞬間はとても素晴らしいんだってことは書き残させてほしい。証拠の写真を何枚か撮らせてほしい。中途半端に写真好きなので、上手くはないが酷い写真を撮らない自信はある。実際「素敵な歌い手」の姿にしか撮りようがない。
それだけです。←いや、相当に贅沢な我侭をほざいている
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"Grow up, be a man, and close your mealy-mouth!"

あわわ…
私はまだなにも知っちゃいないし、なにひとつとして解ってもいない。
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完全に気のせいなんだけれど(自意識過剰も甚だしい)、Morrissey は舞台の真ん中から身幅ひとつぶん下手寄りの柵にしがみついていた私の目の前にどぉんとマイクスタンドを置いて立たれることが多かったように思う。時間を計測したわけじゃないから、あくまで印象なんだけれど。
したっけ、そうされたなら、受けて立つしょ。自分の五感で捉えられる現象の全部を、見るし、聞くし、無い知恵を絞って考えるし、乏しい経験を総動員して感じる。

"That's OK. That's OK... I'm happy. I'm happy, just to be here." だったかな、そう言って始まった 'Jack the Ripper' で現れた深紅の Morrissey は瞬きするのを忘れるほど美しかった。
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帰国してからこの写真をオットに見せびらかしたら、オットも「すごい、見事な体躯」と申しておりました。

…いかぬ。思い出して書いているうちに、だんだん我を忘れてきた。

サンパウロ公演とは順序が入れ替わった 'Life Is a Pigsty' から 'Hold On to Your Friends' への展開では、頭をむんずと掴まれてぎゅうぎゅう言い諭されているような気分になった。
どう書けば良いのか…目の前で微笑みながら唄っているこの人は本当にまっさら。正も誤も、聖も邪も無い。
あるいは逆か?善も悪もあって、全部を等しく受け入れている。全くの人間。
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さっきから、ずっと、目の前から降ってくるのは言霊 רוח הקודש
此処で見聞して考えた事・感じた事の全部を覚えておけ、自分。いつの日かいつの間にか自分の血肉になっている筈だから。きっと、その頃の私は今夜の私よりもちょっと良くなっている。
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とうとうアンコール。
サインした 'Vauxhall And I' CDの束を持ってきて、舞台下手がわのオーディエンス何人かへ相手を選びながら渡していた。わーお、明け方から一緒に並んで顔見知ったヒト達の何人かが該当していて、ショー後に "Morrissey が僕に/私にくれた!"って見せてくれた。最後の最後まで、素敵だ。

締め括りの挨拶は、
"Remember, remember, remember... I love you." 優しい。
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最後は 'Everyday Is Like Sunday'。
舞台下手面でぱぁっとシャツを脱ぎ放ち、マイクスタンドを引きずりながら舞台上手奥へ退いてゆきながら繰り返された "I love you" は14回。
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Charles Aznavour お爺ちゃんだったら、"Emmenez-moi au bout de la terre" と歌い放って同じように舞台から去っていってもすぐに中央へ戻ってきて、いつまでも名残惜しげに挨拶をしてくれたんだけれど(そんなお爺ちゃんにはもう二度と会えない)、Morrissey は去ったらもう戻ってこない。それがMorrissey。
残念ながら、終わりの時間は否応無しにやってくる。

しかしながら、自分のほうがちゃんと生きていれば、Morrissey が歌う場所にまた行けることでしょう。たぶん。
自分は次には何処へ行けるだろうか?地球のほぼ裏側は想像していたよりも近かったから、何処へでも行けるだろう。あるいは、待って迎える事になるのかもしれない。私は自分のほうからでかける事がうんと好きだけれど…もし Morrissey が日本の何処かへ来て何かを見聞してくれたら、嬉しい。どちらであっても素敵な事です。
なんでも起こり得るから、なんでも自分のやり方で享受する。

*

1. William, It Was Really Nothing
2. Alma Matters
3. I Wish You Lonely
4. Is It Really So Strange?
5. Hairdresser on Fire
6. I'm Throwing My Arms Around Paris
7. How Soon Is Now?
8. Back on the Chain Gang
9. First of the Gang to Die
10. Break Up the Family
11. If You Don't Like Me, Don't Look at Me
12. Munich Air Disaster 1958
13. The Bullfighter Dies
14. Dial-a-Cliché
15. Jack the Ripper
16. Life Is a Pigsty
17. Hold On to Your Friends
18. Sunny
19. Spent the Day in Bed
20. Something Is Squeezing My Skull
Enc. Everyday Is Like Sunday

*

撮り散らかした写真は、Flickr にあります。
繰り返しになりますが、こんな素敵な事があったんだって "事実" の証人になりたくて撮ったものです。どうかご容赦を。

please kindly note*
© 2018 Yukiko Nakagawa
These photographs of "Morrissey" are just personal memories taken by NON-professional photographer audience, me.
Most importantly, Mr. Morrissey’s right of portrait has precedence over my copyright.

私は作文も写真も上手くはないが、自分が観る事・聴く事ができた事実について自分の責任において書いて撮ったものだから、出来事の全部ではないけれど嘘偽りはありません。私は自分の人生を良く生きるために、良い人をお手本にしようと追いかけている。そういう話をしたいだけです。
気に入るか気に入らないかは貴方・貴女の自由。ただし、無闇に褒めて私のことを掌握したようなフリをされる態度は気持ち悪いし、気に入らないからってケチをつけて自分のほうが賢いフリをされようとする態度には付き合っていられない。ご自分の人生を生きられよ。まぁ、ご随意に。



by snowy_goodthings | 2018-12-07 23:10 | 鑑賞記

Sabe que o show de todo artista tem que continuar

*何を言い出すのかという感じなタイトルは、ショー後に地元っ子さんが片言英語でブラジル音楽について熱く語って教えてくれた Elis Regina の作品の歌詞から。歌というものの伝達力の凄まじきこと。

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困った。どう表現してもあの時の感激を表すのに足りないから、書き出せない。
今年2月のグラスゴーの時も、魂をごっそり持っていかれつつも「観た事・聴いた事」を意地になって書いたけれど(その理由は、自ら現地に赴いて取材をせずに噂話だけで記事を書いた"報道"機関に「ざまあみろ」と言いたかっただけです)、今夜は降参。そういう思いをしたのは、2015年10月のブカレスト公演以来です。

それでも無理やりでも書くならば…えーっと…あの場には「愛」しかなかった。
そう日本語で書くと、なんとも理性を失ったみたいで恥ずかしくて気持ちが悪い文章になっちゃう。けれど、本当にそうだったんですから。

いや。
1つ歳を取ったばかりで、賢いふりしたツマラナイ大人になってたまるか。良い年をした馬鹿っぷりを剥き出しに、もうちょっと書く。
頑張れ、俺。


*


プレショービデオの時から、会場の盛り上がりっぷりがやんややんや、半端無かった。
Massimo Ranieri の 'Pietà Per Chi Ti Ama' に歓声が上がり、Edith Piaf の'三つの鐘' に大きな拍手が起こり(かく書く私も、ある男の生涯を物語る歌に半泣きだった)、Tim Hardin の 'Lenny's Tune' に溜め息が溢れる。何故こんなに古い歌の数々に、サンパウロっ子達は老いも若きも一緒に激しくエモーショナルに応えられるんだろ?
最後の David Bowie の 'Rebel Rebel' でとっくにずっと立っている皆さんはさらに伸び上がり、Lypsinka がスクリーンに現れると次の瞬間に起こる筈のことがもう始まっちゃったみたいな大興奮。早い、まだ早い!いや、もう始まる!

モリッシーのご発声の挨拶は、"Isto é minha vida."
私はブラジルポルトガル語がさっぱり解らないんだけれど、これは解ります。天晴!
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"Obrigado... Obrigado. Domingo, Domingo, Domingo."

私はブラジルポルトガル語がさっぱり解らないんだけれど、私の周りにぐるっといた10代〜20代くらいの若者達の口から出てきた言葉は、悲鳴の他に聞き取れる限り、おそらくこんな意味(違ったら御免、でも大間違いではないよね):

"Morrissey
愛している、ありがとう"

その感情表現は、素直で真っ直ぐ。憂いの欠片もない。
告白タイムのはじまり、はじまり。

もちろん、私と同世代くらいなおじさん・おばさん、もう少し若いお兄さん・お姉さんも大勢いるんだけれど、彼ら・彼女らにとっても The Smiths も Morrissey も、どちらが先とか後とか無くって、どちらが良いとか悪いとか無くって、どちらも "今、僕と/私と共に生きてくれている" 存在であるらしい。それは若者達とまったく同じ。
彼ら・彼女らとその事についてしみじみ語り合ったわけではないんですが…んー、どういう事なのか伝わるだろうか…あんまり「懐かしい」ってノスタルジーの文脈で The Smiths も Morrissey も捉えていないっぽい。
だから、今夜彼ら・彼女らの目の前にいる Morrissey は、現在と過去とが区別無くぎゅぎゅっとこんがらかって繋がっている存在なのであります。

'William, It was Really Nothing' に大歓迎な大合唱。
'Alma Matters' に大興奮な大合唱。
'I Wish You Lonely' に大感激な大合唱。全部が、今の"いま"の歌。
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以下、ずぅーっと、「モリッシーと一緒に唄おう、カラオケ大会 in サンパウロ」(カラじゃないんだけれど)。ただ、歌う。ときどき、大いに笑ったり激しく泣いたりする。
圧倒的な喜び。それは私にとっても同じです。

11月が終わるまで稽古と仕事とを優先したから、仕方が無いけれど聴けないかもしれないのは残念…と、思っていた曲が、おそらく世界中の11月生まれの Morrissey 聴きが奮い立たされるであろう 'November Spawned A Monster' 。
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11月終わりが誕生日の私もそのひとりですから…と、誇らしげに言いたいところだけれど、あんまり他人事じゃない歌詞について痛いと感じる箇所がある。いつだってモリッシーのお歌は、間合の取り方が難しい。でも。その歌を12月最初の日曜日に聴けたのは、思いがけない幸運でした。うん、幸運だ。

曲間のお喋りが少なめだったけれど、ニューシングルがUKシングルヴァイナルチャート1位を飾ったことについて、"曲はラジオで流れている?君たちはレコードを買うつもり?" だったか、ツンデレな発言をしていた。あわわ…
あの、モリッシー先生。ご近所の Tower Records で買わずにイングランドのレコード店にメールオーダーした日本在住日本人の私も、そのチャートアクションに貢献したんです。だって、そのほうが最大効果を生み出すと思ったから。
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さて、今頃 'Back On the Chain Gang' は日本の街中でも、この表現者の近況を伝える歌として流れているのかな。

そう、歌。なによりも、歌。歌にこの人の総てがある。
セットリストが新旧の作品を時系列に関係無く自在に行ったり来たりするから、余計にそう感じた。
1980年代も1990年代も2000年代も、そしてもうすぐ終わる2010年代も、過去から現在に至るまで、ずっと Morrissey はいつもご自分が見聞した事のありのまま・感じて考えたことのそのままを真摯に歌っている。歌に現れる事象は時代の雰囲気を映していて、でも、それを歌う主の眼差しは時代の雰囲気に流されていない。
だから、過去の歌も現在の歌も全部が Morrissey そのひとを表している。

残念ながら、この歌の表現者について時折、近寄り難い「物議」が醸されるらしい。へぇ、そうなんですか。←すっとぼける
でも、思うんですが…そのような「物議」が起こる現象こそが時代の雰囲気なのではなくって?ブレているのは、この歌の表現者に対峙する我々全員(あえて自分も他人も全部まとめる)のほうでしょう?歌う時以外:モリッシーがあんまり言葉を尽くさない語り口調(ショー曲間のお喋りとか、書き起こして編集されたインタビューとか)はその時々で巧いか不器用か・是か非か乱高下が起きている。でも、歌は…30年ちょっと前の作品も、先々週頃に発売されたばかりのシングルも、どんな時でも全部が"モリッシーの歌"でしょう?
なんなら、この意見は自分が死ぬまで繰り返し書きましょうか。コピー&ペーストすれば良いだけだもん。
でも、もうちょっと上手い言い回しを閃いたら書き足します。言葉は難しい。しかし使わないと伝わらない。つまりは、Morrissey を知っている自分の人生は悪くないんだって言いたいだけなんだけれどね。
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ステージに現れた時のモリッシーの第一声の意味は、"This is my life."
この夜、私が "これこそが Morrissey" と思った瞬間は、'Hold On To Your Friends' から 'Life Is a Pigsty' への美しい展開。
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'Hold On To Your Friends' も 'Life Is a Pigsty' どちらも、旋律が綺麗で、詞に力がある。
齢59歳の男性が、年齢なりの成熟なんざどっかに投げ捨てたみたいなまっさらな微笑みをたたえて、
I feel too cold Oh, no... I feel too warm again
Can you stop this pain? Can you stop this pain?
Even now in the final hour of my life, I'm falling in love again...
…と、歌う姿が素敵だった。

そうでした。
Morrissey という人は、私にとって大事な人間なのです。
そう恥ずかしげもなく書けちゃうのは、此処がサンパウロだから。親しげに優しく、情感豊かなこの街のせいだ。
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したっけ、'Jack the Ripper' と 'Jacky's Only Happy When She's Up on the Stage' 、ふたりのJに見事に手玉に取られた。
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「死者の日」Tシャツが宙を舞う。むきゃあーっ…!後ろからぐわっと、押された。

アンコールの挨拶は、ちょうど1列目にいたお兄さんと簡単な挨拶をして場所を変わった瞬間だったのでヒアリングにぜんぜん自信が無い。
"São Paulo... In the city of drops... the city of drops. Here is my final drop."…だったかなぁ。うーん、全然違うかもしれない。此処は南米のヒッピーコミューンなのかしら?とか思ったという記憶しかない。
もーう、しっちゃかめっちゃか。
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'Everyday is Like Domingo' の最後に素敵なシャツがばさぁっと飛んで来て、私のすぐ後ろでシャツファイトが始まったから掴めるかな?っと思って、当てずっぽうに右手で掴んだら、次の瞬間、右手首ごと誰かに引っ張られた。振り返ると10数人が1枚のシャツに群がっていて、その中で2〜3人の男の子がすごい勢いでシャツをぶん回して何人かを振り払っている。
あら、まぁ。どうりで、私の身体も揺れるわけだ。

アンコールはもう1曲ありそうな気配だし、このまま Pista Premium 後方へ連れていかれるのは嫌だから、ちょっと腰を落として摺り足でずずっと舞台のほうへ戻ろうと引っ張り返したんだけれど、それでもなお右手首を掴まれるから何故だろうとまた振り返ったら、私がいつも右手首に巻いている包帯を勘違いして凄まじい形相で引っ張る男の子が1人いた。それ、違うってば…欲しいならあげるけれど。
何と言えば良いのか困っていたら、近くのお兄さんが"それはシャツじゃないよ"と言って止めてくれた。ありがとうございました。

そうこうする間に、舞台の上では主役がピンクの花柄シャツに着替えて三たび登場。
キレッキレな "Ooobrigado!" の雄叫びから、 'First of the Gang to Die' の大合唱の始まり。
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この時、私の左手の中にはカメラとうさこ(ぬいぐるみ)、右手の中にはモリッシーが投げたシャツがあった筈なのですが、これらの写真を私はどうやって撮ったんだろ?
ぜんっぜん、記憶が無い。左手でシャッターを押したのか?うさこごとカメラを振り上げて?えぇっ?覚えていない。

ただただ愉しくって、サンパウロっ子達と一緒に歌っていた記憶しかありません。「モリッシーと一緒に唄おう、カラオケ大会 in サンパウロ」(だからカラじゃないんだけれど)は最高潮に達していた。
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そして、Morrisseyは "I love you" を何度も何度も繰り返し「ぎゅうっ」と自分を抱きしめるような仕草をして去っていった。時々、そんな仕草をされますよね…
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あぁ、終わってしまう。終わってしまいました。
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Mr. Morrissey、いま此処にいる人はみんな貴方のことを愛している。もちろん、ご存知のことでしょう。

1. William, It Was Really Nothing
2. Alma Matters
3. I Wish You Lonely
4. It Really So Strange?
5. Hairdresser On Fire
6. November Spawned A Monster
7. Break Up The Family
8. Back On the Chain Gang
9. Spent the Day in Bed
10. Sunny
11. If You Don't Like Me, Don't Look at Me
12. Munich Air Disaster 1958
13. Dial-a-Cliché
14. The Bullfighter Dies
15. How Soon Is Now?
16. Hold On To Your Friends
17. Life Is a Pigsty
18. Jack the Ripper
19. Jacky's Only Happy When She's Up on the Stage
Enc1. Everyday Is Like Sunday
Enc2. First of the Gang to Die


*


撮り散らかした写真は、Flickr にあります。
あんまり上手じゃないんだけれど、こんな素敵な事があったんだって "事実" の証人になりたくて撮ったものです。どうかご容赦を。
私の誕生日、11月28日は St. Catherine Laboure の日だから。真実を告げる夢と幻視の遣い手が助けてくれたんだと思い込む。ただし、私は異教徒なんですが。


please kindly note*
© 2018 Yukiko Nakagawa
These photographs of "Morrissey" are just personal memories taken by NON-professional photographer audience, me.
Most importantly, Mr. Morrissey’s right of portrait has precedence over my copyright.


by snowy_goodthings | 2018-12-02 23:00 | 鑑賞記