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2018年5月に京都で食べたもの

三条京阪駅の近くにあった、Vegan & Gluten-free な食堂で食べたタコライス。
グルテン耐性に問題がない自分は麩質を除く必要は全く無いんだけれど、食べてみたら美味しかった。久しぶりに生の葉野菜を"甘い"と感じる。普段食べるのは、煮炊きした野菜が多いから。
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周りのテーブルは、欧米人っぽいルックスのカップルが多め。あるいは、身なりがしゃんと綺麗な日本人女性か。
うーん…京都武徳殿での演武を終えて「お腹空いたぁ」とぶいぶい言う我々は、かなりアウェイな場所へ来てしまった感があり。
でも、来年また来られれば来ると思う。


*


今年も来ました、黄檗禅宗 瑞芝山 閑臥庵 で、京懐石普茶料理。
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今年はチズルさん達とご一緒。総勢5人で卓を囲んだものだから、食膳はたいへん賑やか。
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お喋りしながらのお食事、楽しかったです。
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西宮にメガネのレンズを作りに行かなければ。
そうですよ、西宮だったら、横浜から地続きだからすぐ行けるもん。グラスゴーやダブリンやベルゲンやスコピエに比べたら、ぜんぜん近い。



*


八段審査会の後には、先生と京都武徳殿の近くでペルシャ料理とインド料理とトルコ・アラビア料理が出てくるハラールレストランで、Kashk e Bademjan。ペルシア語で کشک بادمجان。すなわち、ナスのディップ。
ちなみに、ルーマニアにも同様の料理がある。東洋と西洋とが衝突する地域っぽい郷土料理。
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メニュー表記に従うなら、ラクト-ベジタリアン料理。乳製品は入っている。
「ハラール」とかいうと肉の串焼きを想像しがちだが、日本においては"菜食"の選択肢がある飲食店を意味する場合がしばしば。此処もそうでありました。
ネガティブな思い込みは止めてな。疑うなら、己の身体を以って確認してみてね。まぁ、全部が全部、都合良くはならないと思うけれど。


さすが、京都は観光の都。
非日常な食によって、我が旅情は満たされました。満足かつ満腹なり。


by snowy_goodthings | 2018-05-03 13:30 | 旅行記

北海道のへそ

昨日〜今日、富良野市の気温は-15〜0°C。
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先週いたスコットランド・アイルランドよりぜんぜん寒い。
でも同じ頃、ヨーロッパには大寒波が襲来。スコットランドは Red Alert の猛吹雪となったそう。
イングランドでも雪が降ったって、ロンドンまで Morrissey を追いかけていった知人さん達が写真をみせてくれた。
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良い氷柱。
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良い雪だるま。ダルマ?
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自分は雪の日生まれなので、このしばれる環境に猛烈にしびれる。
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街中では、海外からのスキー客にしばしば遭遇。
英語か台湾中国語を話すヒト達とすれ違う回数のほうが、地元に住まう方々に出会う頻度よりも多かったかもしれない。


by snowy_goodthings | 2018-02-28 08:00 | 旅行記

Glasgow, Dublin, Belfast まとめ(こっそり再開中、たぶん終わらない)

昨年11月のLA遠足の写真現像および備忘録が終わっていないのに、次の遠足が始まって終わった。
あはは…
3月=年度末の繁忙期の寸前ぎりぎりで休める日を見極めて出かけたつもりが、
仕事がbitの波に乗って追っかけて来たり、30年ぶりにインフルエンザに罹患してフラフラになりながら帰国した翌日には診察を受ける前に出勤したり、その翌々日には診断を受けたけれど無理やり出張したり、挙句にオットに伝染したり、etc. なまら過酷な次第となったが、なんのその。
行って良かった。そして、また行くつもり。何処に行こうか、あるいは何処へ行けるか。

旅の"きっかけ"であった Morrissey グラスゴー公演については、バカみたいな負けん気を発揮して「メディアだろうが、ファンだろうが、何者だろうが、その場にいなかった連中が"偉そう"に当て推量で断定的物言いをする大儀は何ぞや、■▼◎×▲(←暴言自粛)」とか吠えながら書いたのだけれど、現在は如何ともし難い状況につき、後が続かない。
まぁ、いいや。いずれ書く。


UK & Ireland 自分みやげ:ペニー・ペンス小銭の盾。
これ!
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'LIHS'盾バッジをみていて、作りたくなった。
グラスゴーとベルファストでこまごまと現金精算して小銭を貰いまくったが、2pを獲得できず…がっかりして帰国したら、UKでの杖道セミナー経験豊富な師匠が持っていて頂くことができた。
先生、ありがとーう。(^o^)
3年前のグラスゴー遠足で余った、現在このままでは使用できない£1硬貨とセットで完成。


*


旅写真は、少しずつ現像しては Flickr にアップロード済み。


行き先について「いつか行きたい」と「また行きたい」とを実行できたのは嬉しい。
ただし、今回は"楽しい"とは言い難い写真も数枚、いや十数枚か、違うな、数十枚ほど。
もとい、100枚くらいあるかも。

*

10/1追記:

…と、書きかけて、旅の主目的=Morrisseyについては頭の血管キレそうな勢いで書いたものの、それ以外の見聞についてはなんと書こうか迷いまくって放置していた。

でも、ダブリン公演の朝に3Arenaのドア前で地べた座りしながら作業したという愉しい思い出を伴うデータプロダクション案件が、先々週1冊の本になって発行されたり、なんだか "きっかけ" という言い訳にできそうな事があったから、そろそろ書く。(本に書かれたフィールド期間が、このときの旅行+帰国直後の出張の期間とぴったり重なっているから忘れようがない)
それと、同じく先々週にCharles Aznavourお爺ちゃんのコンサートで歌を聴いていて、しばらくモヤモヤと考えていた事についてやっと閃いた。

次の遠足が始まる前に、書く。
ノ(^_^;

とりあえず…
2月17日のグラスゴー公演のブート音源とか聴くべ。←あの日の記憶に逃げる


10/2追記:

昨日「書く」と宣言してすぐ後、日本時間で21時過ぎに Charles Aznavour お爺ちゃんの訃報に接して、再び停止中。今年の2月にあった事について、思い出話とかをするのは、今はちょっと辛い。オレは、まだそんな年寄りじゃないから。2週間前の世界と今日の世界とが違い過ぎる。
なんなんだ。何が自分に起きているのか。大丈夫なつもりなんだけれど。


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■ February 16. 2018



■ February 17. 2018

たいへん長い1日でした。


Morrissey 'UK & Ireland Tour'グラスゴー公演について。
例によって自分の身体と知覚能力で見聞した事のみ書いた、自分のための備忘録。
故に、私の書いた事を信じてはいけない。これは私にとっての事実でしかない。
3年前に同じ場所でこのヒトを観た・聴いたときと自分の中での"Morrissey認識"はブレていないと思った。
おじさんが歌っている場所に居合わせたいのです。それだけ。
あ、ファン同士の絡み合いとの関わり方は変わった。
↑しがらみが面倒臭いというかツライ
3年前は肉も魚も卵も牛乳も摂取していたが、"いま"や最初の2つは普段から滅多に食べなくなり、後ろの2つも渡航先ではほとんど摂らなくても生存できた。
過去に比べたら、現在の自分は違っているか。


please kindly note*
© 2018 Yukiko Nakagawa
These photographs of "Morrissey" are just personal memories taken by NON-professional photographer audience, me.
Most importantly, Mr. Morrissey’s right of portrait has precedence over my copyright.


■ February 18. 2018

Charles Rennie Mackintosh詣で:グラスゴーの学校
そうそう、今年はマッキントッシュ生誕150年であります。


■ February 19. 2018

グラスゴーのバス停


笑い飛ばしてお終いにするべき現象なんだけれど、「私の意見」として書き残しておく。オレって小さい。
UKは"言論の自由"が保障されて三権分立した民主主義の元祖で日本と同じ立憲君主制の国ですから、たぶん許してもらえる。
したっけ、インターネットの普及により誰でも「意見」を述べられる時代にあって自分と異なる「意見」に接したとき、不寛容になる・否定したがる・勝ちたがる・黙らせたがるのは人類がどんなに理性・知性を持っていると偉ぶっても抗えない大脳辺縁系が働きまくる生存欲求なのかな。それって、動物・植物・etc. の生態系のあれこれと変わらない…
驕るな、人類。←ここ、笑い飛ばすべきところ
かつ、私の書く事など信じてはいけない。私の海馬は、私が見聞できた事のみ記憶している。ぜったいに全部ではない。
どうか、ご自身の身体を以って知覚して考えてください。
それこそが真実。
2月19日に書いた独り言を帰国後に書き直したり書き足したり4月1日まで加筆して、やっと腑に落ちた。
我ながら愚行だったが、押し黙っているくせに好奇心は隠せない"Just Look"な野次馬思考停止はイヤだったんです。
ごめん。


■ February 20. 2018

Morrissey, UK & Ireland Tour、ダブリン公演について。
セットリストは同じなのに、ショーの雰囲気は随分と違った。フワフワでキラキラ、とことん素敵な時間。
事実描写は少なめ、自分でもイラッとくるほど自分の独り言ばっかり。しかし、それが私。開き直る。


please kindly note*
© 2018 Yukiko Nakagawa
These photographs of "Morrissey" are just personal memories taken by NON-professional photographer audience, me.
Most importantly, Mr. Morrissey’s right of portrait has precedence over my copyright.

■ February 21. 2018

ダブリンの元薬局


■ February 22. 2018

ダブリンは緑、ベルファストは赤


■ February 23. 2018



*


仕事先でクライアントに「それ、最近のMorrisseyですよね」と我がiPhoneケースを指差して言われた。かなり嬉しい。
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オット弟のお店で、ベルファストで買った The Friend At Hand を開栓。
これと同じ名前が看板の Hill Street の素敵なお店で飲ませて頂いて、花満開な温室のような香りと甘さ&まっすぐ胃袋まで落ちてくる飲み心地に一発で恋に落ちたという、ちょー大袈裟な感銘を受けたアイルランドのウヰスキー。
そんな訳で、小さなお土産ボトルのほうをお店に残して、大きなボトルは我が家へ持って帰る。代わりって訳じゃないけれど、グラスゴー空港で買ったスコットランドのウヰスキーは置いていく。
あと、前回ドバイ国際空港で乗り継いだとき行き当たりばったりに買った怪しいブレンドがあれば完璧だったんだけれど、今回は買えなかった。行きと帰り、ターミナル3に3箇所あるお店をざっと見て廻ったのだが、置いてなかった。中東路線の客には受けなかったのかな…今更だが、アラックを買ってくれば良かった。後悔は先に立たず。

後悔といえば、昨年11月のLA遠足で私は出会うことができなかった MOMOKAWA が玉箒に今あるっ!
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ありがたく飲み干させて頂きました。オレゴン州生まれの日本酒は物腰柔らかく穏やか。
北米には日本酒メーカーの海外進出による醸造所もあるし、現地アメリカ人が立ち上げた小さな醸造所も複数ある模様。一昨年夏に行ったノルウェーには「裸島」があるし、スコットランド・アイルランドには無いけれどイングランドの南のほうで醸造を試みているヒト達がいるというのはどこかで読んだ。

この日、私の前に並んだお酒のアテは「1品だけ除いてモリッシーでも大丈夫な食べ物にしました」だって。
(^o^)
極めて個人的にやってみている"菜食"なる行動について、面白がって付き合ってくれるヒトが身近にいることの我が幸運。






by snowy_goodthings | 2018-02-25 00:00 | 旅行記

郵便ポスト

アイルランドの郵便ポストは、ナショナルカラーの緑色。
イギリスにおいて郵便ポストが「赤」と制定されたのは、1874年。日本の郵便ポストが赤いのは、英国の郵便制度をお手本にしたから。
アイルランド自由国が成立してグレートブリテンおよびアイルランド連合王国から自治領として分離したのが、1922年。その際、領域内にあった郵便ポストは英国王の紋章を削り緑色に塗り替えられたんだそう。
が、しかし。21世紀の現在も、街のあちこちに英連邦統治者の印が付いたポストが残っているらしい…と、知ったら探したくなるのが好奇心だらけな旅行者の性(さが)。
σ(^_^)

エゲレス・旧エゲレスの郵便ポストは、たいへん頑丈で物持ちがすごく良い。
これ、Edward VII って意味でしょ?在位:1901~1910だから、イースター蜂起よりも前。
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これは、George V(1910~1936)。この後に作られたポストは、アイルランド郵政 "P&T" 印に変わったらしい。
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あんまり「捜す」と意識しなくても、あっさり見つけられたので、あっという間に飽きてしまった。熱しやすく冷めやすい、滞在日数が少ない旅行者の性(さが)。
σ(^_^)


*


同じ George V 時代のポストでも、こちらは赤い。だって、此処はベルファスト。北アイルランドですから。
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帰国してから、あちこちもっと熱心に同じ事をされた方々の旅行記を拝見するに、アイルランド領内では緑色の"VR"(ヴィクトリア女王!)のポストなどもまだ健在であるらしい。すげえ。
エゲレス・旧エゲレス(←こういう表現をして良いのか、迷う)の郵便ポストは、たいへん頑丈で物持ちがすごく良い。


*


そのほか、旅写真は Flickr にアップロード済み。よく歩いた。よく撮った。






by snowy_goodthings | 2018-02-22 13:30 | 旅行記

Sweny's Pharmacy

今は死んでいる我が父親が文学好きであって良かった。おかげで私も文学はよく読んだ、子供の頃は。
父も私も同じ大学(良くも悪くも名乗るのが憚られるようなところ)の文学部出身であります。ただし、父はフランス文学科で私は哲学科心理学専修でしたから、私は10代終わり近くに文学からは離れたんだけれど。
/(^_^;


したっけ、私は今、ダブリンにいる。
だったら、やるべきは James Joyce『ユリシーズ』ごっこだろう…って、やった事は1つだけなんだけれど。
教会が怖いオレはミサを聞くのはすっ飛ばして、レモンの石鹸を買いに行くのでありました。←できる事が中途半端
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かつての薬局は、20世紀はじめの面影を残したまま薬局ではない場所になっている。
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ガラス張りのドアからふっと中を覗いたら、店内カウンター前の狭い空間には椅子がぎゅうぎゅう詰まっていて、男性ばかりが5人で読書会をやっている。入っちゃいかんかな?と思って躊躇していたら、真っ正面のカウンター向こうにいた白衣のおじさんと目が合って「おいでおいで」手招きされたので、えいやっと入ったら「時計回りに、ひとりX段落(←聞き取れず)ずつ輪読しているんだ。今は此処だから。」と、ぽいっと『若き芸術家の肖像』を渡された。はい?「大丈夫、僕らも読書会は初めてだから」とか、「私もフランス語が母国語だから英語の発音は上手くないから」とか、「ジョイスの英語はネイティブでも解らないから」とか、「君、何処から来たの?日本?僕は昨年、東京と大阪を旅行したんだよ」とか、励まされているんだか、宥められているんだか、乗せられているんだか、よく解らないまま、はじめての(英)読書会に参加…正確には引っ張り込まれた。
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私の席はこの写真右端の椅子、店でいちばん奥だから逃げようがない。

寿限無寿限無、ジョイスの文章。自分の英語音読について、出来の良し悪しはどうでもいい。どうにも読めない単語に出くわして詰まった時には2〜3方向くらいから発音を教えてくれる声が飛んでくるし、褒め上手な皆さんのおかげで楽しかった。
主人公 Stephen を"スティーヴン" と読むヒトと"シュテファーン" と読むヒトといて、ひとつの物語は読み手によって並行世界のような様相を呈する。読み手によってテンポが違うし、音楽みたいにも聴こえてくるし、いざ自分の番になって読み始めるとアルファベットが五線譜上の音符みたいに見えてくるし。ジョイスは声に出して読む英語だと知った。ただし字を追うのが精一杯で、咄嗟に意味がさっぱり解らない。なんとでもなれ。

自分が加わってから2周くらい読んで、終了。自分より先にいた若いお兄さん2人は途中でさらっと去っていった。にっこり笑って手を振り合って、お別れ。
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これも縁だろうって訳で、手渡された本は買った。
それと、目的のレモンの石鹸も。長崎銘菓カスドースのような、真っ黄色の石鹸。
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此処の運営・読書会の開催はジョイス愛好家のボランティアによって支えられているらしい。白衣のおじさんは「ちょっといってくる」と言い残して出ていき、残った店番のおじさんに「何処から来たの?」と訊かれたから日本から来たって答えたら、日本は何処にあるか知らないけれど遠いんだろう?店の中はいくらでも見ていって!とオススメされるもんだから、カウンターの中までずかずか入って彼方此方開けて見てしまう。
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いつも通り、外つ国を旅しているとオレはお爺ちゃんにモテる。暫く、アイルランドっぽい英語とフランス語みたいな英語と日本語カタカナ英語でちぐはぐお喋り。
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良いのか悪いのか、我が容姿は "遠い国から独りで来た若者" であるという印象を与えるらしい。いやぁ…私は結構いい歳をした大人なんだけれど。「撮ってあげる」と何枚も写真を撮られた。故に、珍しく自分が写った写真がある。(つぅか、おじちゃん撮りすぎ…帰国してからカメラのデータを開いてびっくり)
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フランス語みたいな英語を喋るお爺ちゃんは、カナダのモントリオールご出身なんだそう。おぉ、北米のパリですね。そのお爺ちゃんに名前を訊かれたので「ゆき子です」と答えたら、ぱぁっと笑顔になって、
「Yukiko! 君の名前は Yukio Mishima (三島由紀夫)と同じ音じゃないか!」と、両手を拡げて感激の意思表示を返された。

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…そんなことを言われたのは、初めてです。確かに、我が名と"三島由紀夫"とには alliteration と assonance とがある。
驚いた。まさかの展開。
シャープシューターでねじ伏せられたような衝撃。← 'Hitman Hart: Wrestling with Shadows' この比喩、わかりにくいか

ムッシュー、詩人!三島由紀夫の最後の作品である『豊饒の海』について、"The Decay of the Angel" だったかなんだったか「このような詩情豊かな表現をするMishimaは偉大な作家だ」云々、熱く語られた。その熱弁の力強さたるや…拝聴しているうち、私は目眩がしそうになる。

いよいよお店を出る時、お爺ちゃんに 'See you again, someday' と言ったら、「See you again じゃないよ、Farewellだよ」と挨拶された。
こうして、お別れ。そうか、一期一会か。


*


なんだか、ダブリンで再び文学愛に目覚めた。
前日のMorrisseyのショーでもそれを思った瞬間があったし、そういう潮目だったみたい。自分にとっては。三島由紀夫と Oscar Wilde と Sigmund Freud に嵌った中学生だった頃に戻った気分。もとい、フロイトは文学じゃないか。あぁ、それとJean Cocteauとかも通過したし…したっけ、自分が10代の頃にいちばん好きだったのは夏目漱石だった。そのほか、我が頭ん中には、今すぐにその名前を思い出せない作家先生達が多勢いらっしゃる。
面白い。なんだか、いろいろ思い出してきた。
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Sweny's に来る前、近くの公園に Oscar Wilde ゆかりの家や像があったから、ざっと駆け足気味に眺めて回ったんだけれど、自分の拙い知見では "何故このヒトが此処に?"とか思った。勿論、この人物がダブリン出身である事は知っているのだが、あんまり作品に "アイルランド" を感じた事がない。ヴィクトリア朝時代の作家であり、当時のアイルランドはイギリス(大英帝国)であったからかな。この作家はロンドンのほうが作品ゆかりの地が多い印象があり、終焉の地はパリである。それ故に。

おそらく、作家が生まれて死んだ時代の雰囲気から察して、私が自分勝手に受け取りやすいイメージで"在るべき場所"を捉えているんだろうな。

もっと後に生まれた James Joyce については、ちょー "アイルランド文学" の表現者と思っていたけれど、この作家も人生後半をほとんどアイルランド国外で過ごしており、スイスで亡くなっている。
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私が今いるダブリンで生まれた作家達に限らず。三島由紀夫でもJean Cocteauでも Sigmund Freud でも(だからフロイトは作家ではないんだけれどさ)夏目先生でも、そのほかの作家でも表現者でも、それぞれにとって、家庭とか故郷とか国とか…己の身体の"居場所"というか己の魂の"拠り所"はどう見えていたんだろ?何処にあると思っていたんだろ?考え始めたら、際限無く止まらなくなる。
彼等の生き様・死に様から、自分は何を知りたいんだか。伝記に書かれるような事実が実際はどうであったというのを云々するのは、徒労に終わるというか、ゴシップ好きを喜ばせるだけというか…そこに真実を求めるのはあんまり意味が無いという事は、ここ数日で身に沁みるように学んだ。だったら、己の感じ方・考え方に構っているほうが価値ありげ。自分の事は自分でなんとかする。私は私。うん。

"Patriotism is the virtue of the vicious" とは、ワイルドの言だったけ?切り取られた名言が多い作家だから、文脈全体で捉えないと頭が悪い自分は考えられない。えーっと…

そんなこんな考えながら、Davy Byrnes へ行って1杯引っかければ『ユリシーズ』ごっこはそれらしく終わったんだろうけれど、それはしませんでした。←できる事が中途半端


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そのほか、旅写真は Flickr にアップロード済み。よく歩いた。よく撮った。



by snowy_goodthings | 2018-02-21 14:00 | 旅行記

THIS IS BELONGING

バス停で、FIRSTの500番バスことエアポートエクスプレスを待つこと暫し。

数秒おきに表示されるバス停の広告でいちばん印象が強かったのは、これ:英国軍の "THIS IS BELONGING" 。
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随分と当たりが柔らかく、特に若者にエモーショナルに訴えるであろうビジュアルな広告。
すぐ傍のお菓子のトラックと、ぱっと見ための優しい風味があまり違わない。これって、入隊募集広告なんですよね?


*


好奇心から帰国後にざっと広告業界紙などを調べてみたら、我が印象の通りだった。
英国軍は2017年から "若者向け"という制作(政策?)意図を以って大規模なリクルート広告キャンペーンを展開中であるそう。そして実際にキャンペーン効果はあって、10代〜20代の応募者が増えたとかなんとか。同時に、この広告キャンペーンに対しては様々な理由から「相応しくない」とする批判もあるらしい。
以下の記事が、参考になりました。
 ■宣伝会議 AdverTimes(アドタイ)(https://www.advertimes.com/
  March 13. 2018
 ■The Drum (https://www.thedrum.com/
  January 12. 2018
  Why is the new British Army advert actually a communication success? 


その'THIS IS BELONGING' キャンペーン:
ARMY BE THE BEST (https://apply.army.mod.uk/
 ARMYjobs CM

日本人の旅行者の分際で、CMをひと通り観た。短い時間に隙なく無駄なくメッセージが詰め込まれた端正な映像ばかりだから、つい全部を観てしまった。ぱっと見ための良さにグラッときた。
やばっ。
実写CMは、ダイバーシティ・マネジメントのお手本のような組織の描写。人種や宗教や階級や性別や年齢を超えて、ひとつの「使命」の下、規律を重んじ思いやりを以ってユーモアは忘れず結び付く若者達。とても美しい、理想的な光景であります。彼らがいる場所は戦場だから、これが現実世界だったら、異なる「使命」の下で同じように結束する若者達が画面には写らない向こう側に対峙する筈だけれど。
アニメーションCMのほう、Русский авангардのプロパガンダ・アートみたい…というよか、そっくりじゃん。情感たっぷりに解りやすく説き伏せられた気分になる。

冷戦世代の自分は、これら表現が怖い。国防の意義とか戦争が正義か否かとか、そういう話じゃなくって…人類がある限り、大儀は必要であるし、不幸な殺戮は無くならないし。そうじゃなくって…自分の生き方・将来の選択に関わる"きっかけ"がこれで良いのかな。その職業選択が、自分で選んだ己の生き様を全うするためならば、ぜんぜん良いんです。でも、もしかしたらだけれど、何人かに1人は"自分探し"のために身命を賭すのか。どうなんだろ。そういう疑問。

でも、ミレニアム世代にとっては違うのかもしれない。
誰かに「居場所」や「繋がり」が与えられることは嬉しいのかもしれない。「孤独」のほうが怖いのかな。「独り」は嫌なのかな。



by snowy_goodthings | 2018-02-19 08:53 | 旅行記

Scotland Street School Museum

祭典の夜が明けました。

昨日の食事は朝の1食のみだったから、腹が減った。
で、スコティッシュブレックファストから肉と卵と茸を抜いたら、こうなった。
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自分は菌類は食べるから、茸はあっても良かったかもしれない。前回の来訪時に比べたら、皿の上の景色は枯山水のような茶色い円を描く…変わったな、自分。

今日は宿替え。SSE Hydro Arena 近くのB&Bで3泊しても良かったのだが、明日正午の飛行機でダブリンへ移動するから空港行きのバス停が近い街中のほうへ。環状の地下鉄の北半分をぐるっと時計回りで Kelvinhall SPT から St Enoch SPT まで。
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地下鉄の駅から街に上がって思った、いちど訪れた記憶がある街というのは、なんて歩きやすいんだろう…頭の中で地図がぱっと広げられて、自分が何方を向いて何処にいるかちゃんと判る。ほぼ3年くらい前に、土地勘が付いた頃には帰らないといけないんだって思いながら帰国した時の"続き"の始まり、始まりぃ。

そんで、今夜の宿は前の旅で逗留した The Principal Grand Central Hotel。現役の歴史的建造物好みは、3年前から変わらず。
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街中に基地を移したら、すぐに行動あるのみ。
グラスゴーに来たなら、Charles Rennie Mackintosh 詣で。前回来た時に行けなかった建物について、ご縁があればいつか行けるさって思った通りに行く。
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Scotland Street School Museum 、来るなら此処と、決めていた通りに来た。
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「うさこ、学校見学」
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この建物は、グラスゴー教育委員会からの要請でマッキントッシュが設計し、1906年に開校した学校。どういう経緯があったかは知らないけれど、建物は1990年に再建されたもの。でも、外観も内観も20世紀からずっと此処にあり続けたような雰囲気がむんむん。
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現在は、19〜20世紀のスコットランドにおける初等教育の歴史・雰囲気を垣間見られる史料館。そうためか、来館者は子供連れ家族が多め。もちろん、私みたいな海外から「マッキントッシュ建築を観に来た」という大人の旅行者も何人か。
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階段を上がったり下りたり。3年前の旅で見た、いくつかの建物と共通する直線や曲線を探して見つけては喜ぶ。
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窓に填められた色ガラス柔らかい青と緑は、Queen's Cross Church の窓とよく似た形をしている。
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2階の男子更衣室・女子更衣室には開校当時の時代っぽい見た目な制服がずらっと。サイズは豊富に揃っていたが、うさこには大きすぎてオレには小さすぎた。
お嬢さん達に着替えさせて、楽しそうに階段の踊り場で記念写真を撮っていた家族連れがいた。
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「うさこ、学校に行く」うさちゃん、またしても前ボケになっちゃってごめんよ。
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「うさこ、校長先生に呼び出される」
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此処は20世紀半ばの教室かな。
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dunce hat はうさこよりも大きい。此処は先の大戦があった頃くらいの教室であるらしい。
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おそらくこの教室は最古、19世紀末頃っぽい。
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たいへん洒落た調理実習室。おぉっと、往時のグラスゴーっ子達は、羊肉の部位とか勉強したのか。
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建物の中で、此処、吹き抜けの階段がいっとう好き。外からの光が差し込んで建物の中が鏡のように艶々と美しい。崇高な理想で守られた静謐な空間であるかのように見える。"学校"って、そういう場所であるんでしょうから。本当は。実際はどうだか、さておき。
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ギャラリースペースでは20世紀半ば頃のグラスゴーの日常を撮ったモノクロ写真の展示をやっていて、これが自分の嗜好にもろ嵌った。
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それと、企画展示室でやっていたのは 'GlaswegAsians' 。グラスゴーにおける南アジア圏からの移民の歴史を紹介するもので、公共施設らしく"宥和"の視点から、新天地で労働し起業し努力し、家族と同胞と支え合い、先住の民と関係を結び地域に貢献し、時に献身を求められるまま犠牲を払い…等、過去には良い事・悪い事どちらもあって、現在だってそうなんだろうけれど、スコットランドともう1つか2つか3つ以上の故郷を持つ人達の記録が沢山。
おそらく理想的な事例として紹介されているのだと思う、SNP の Humza Yousaf 氏の存在を初めて知りました。スコットランド自治政府の動向について、日本に住む私はからきし疎い。私はこのカントリーについて何も知っちゃいない。
  *7/4追記:
  なぁーんと、こんな事が我が在所で起きた。
  ↓

第二次世界大戦を挟んだ「移民」の歴史については、昨年11月にロサンゼルスの全米日系人博物館見聞した。あの時と今日とで印象を比べてもしょうがないけれど、同じ事を感じたり考えたりする繰り返しだったり、だいぶ違う事を思い出したり 考えたりだったり。
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面白くもなんともないけれど、この時に頭に浮かんできたことを箇条書き:
肌の色とか民族とか国籍とか職業とか信仰する宗教とか慣習とか規範とか… etc. 故郷で・家族で伝承して自分を形成してきた文化とはまったく異なる土地に棲む事を選んで、日常生活の様式から異なる国での暮らしにすぐさま順応は難しい。新天地での生活様式に"同化"や"順応"ができるヒトもいるし、できないヒトもいる。
そんな困難な状況で、支え合う同郷の者・家族といった"仲間"を求めるのはヒトの行動として真っ当。かくして、"集住"という現象が起きる。リトル・トーキョーとか中華街とかリトル・イタリーとかタイ・タウンとか新大久保コリアタウン(最近は印亜大陸圏っぽい雰囲気)とか…ちょっとした観光地みたいな街になって栄えている場所は世界中にある。
一方で、ゲットーだかスラムだか呼ばれるような、元から棲む人々に恐れられ無法地帯となり行政から"隔離"されたような場所も世界中にある。
何故、そのような現象が起こるのか。色々あるだろうけれど概ね"ウマく"いっている地域と、悪いことばかりじゃないだろうけれど総じて"ヤバい"地域との差異って何だろう。

そんで、"集住"あるいは"隔離"という現象は、貧富とか階級とかの格差だったり、「移民」じゃなくって同一国・地域内の「移住」においても起こる。
そう捉えれば、広く緩く捉えれば、日本人で旅行者の自分にだって、それがどういう事なのか想像くらいはできそう。日本でだったら、「外国人材」とか「研修生」とか名義で、少子高齢化を背景とした労働者人口減少を補う名目だったりそうでなかったり、近しい現象は随分前から起きている。地方創生とか、高齢者の労働参加とか、女性の労働参加とか、労働需給のミスマッチとか、正規/非正規雇用形態とか、etc. ごっちゃになって、問題意識は無軌道に彷徨い出す。あららー。
今いる土地で起きた事象について見聞している筈なのに、いつのまにか地球の裏側で起きている別の事象についても一緒くたに考え始めている。いかん、それじゃあ。戻れ。

エゲレスで「移民」といったら、ぽこっと思い出すのは、‘My Beautiful Laundrette’ って1985年の映画だったかテレビドラマ。たぶん高校生だったときに1回観たっきり。"使用人だった連中に今や仕事を奪われた"みたいな意味の台詞(日本語字幕)、排斥される人間と下に生まれた人間とがざっくばらんに憎悪と愛情とを相手にぶつけるのと同じくらいに自分が所属する家族・友人にもぶちまけていた…のは覚えている。というか、そういう印象ばっかりが記憶に残っている。
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寛容と不寛容とを行ったり来たりしながら、登場人物達の多文化が多分裂にならないのは、"この国で生きるしかない"覚悟だか諦めがあるからかなって思ったような記憶があるようなないような。映画は虚構だけれど、現実に向かって開いている窓のようにも見えた。もし今、観直したら、どう感じるんだか。


それと、Morrisseyの'This Is Not Your Country'。
屡々、モリッシー先生の歌は浮世を映す鏡みたいに聴こえる。この歌がそう。そして、最近の作品もそう感じるものが多くって、昨夜は世界中の彼方此方に引き連れられていった。
この楽曲について、歌われたり、言及されたりする機会がたいへん少ない(もしかしたら、無い?)ように思うけれど、私は結構頻繁に聴いている。
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…と、生きている人間くらいの温もりをもった"ひらめき"を与えられる場所でした。
マッキントッシュがデザインした建物を見る事が目的でしたが、ぜんぜん違う事も見知った。さぁ、じゃあ、自分はどうするのだ。


*


そのほか、旅写真は Flickr にアップロード済み。よく歩いた。よく撮った。


by snowy_goodthings | 2018-02-18 15:00 | 旅行記

羅府(Los Angeles)まとめ

2017年11月、我が誕生月、約5日間のロサンゼルス遠足記録。
例によって、きっかけは "Morrissey" ですが、主たる目的から離れた事を沢山している。

ところで、
今回、旅行前後と旅行中に何度か思ったんだけれど(有難くも、それを思わないといけなくなる状況になった)、他人のSNSだかブログだかの投稿を見て「あのヒトは何処に行く」とか「あのヒトは何をしている」とか知りたがるんだか、比べたがるんだか、挙句は批評の真似事をしたがるんだか、自分のほうが"賢い"とか"強い"とか思いたがるんだか、要するに気にするなんざ、辞めなされ。
それって、私の目には馬鹿馬鹿しい時間の無駄で弱々しい血迷いごとに見えるんだけれど。
どうなの?
まぁさ、私がそう書いたところで結局は「ご随意にどうぞ」なんだけれど。人それぞれですから。
貴方・貴女の人生も毎日も、貴方・貴女のものです。だったら、他人がどうとか関係無いでしょう。それとも、違うの?それって、どういう生存競争?
ただの好奇心なら解らないでもないんだけれど、当て推量だらけなゴシップ放言癖ならば受け入れ難い。それってどんな価値があるの?自信を持てないのか?満足ができないのか?
私は、自分自身の体を以って見聞して自分自身で感じて考える事が好きだから、その志向が解せない。巻き込まれるのは致し方ないが、付き合うのは御免です。知らん。鬱陶しい。

したっけ、このような事を書くのはこれが最後にしておきたい。
あぁ、まったく。どうでもいい。


*


やっぱり自分で自分を運んで、自分の五感で知らないとわからない。
動機づけがふわっと曖昧だった秋の遠足は、いざ行ってみれば意味ありげな体験ばっかりにぶち当たる約5日間でした。

ただし、アメリカさんは我が身の丈に対して大きすぎる。
いくつか至らない事あり。しかし、大きすぎる街をたった独りで歩く事は、快感であった。
また行かないと…そうなんだ、いつのまにか「また行きたい」とか思っちゃっている。
次に行く時の"きっかけ"は、もうMorrisseyではないかもしれないし、またMorrisseyかもしれない。今はわからない。いずれにせよ、また行くつもり。

木曜日の午後に出発して火曜日の午後に帰宅。
勤務先の業務は4営業日しか休まなかったにも関わらず、2ヶ月前からいくつか並行する案件の進行を調整していたにも関わらず、水曜日の朝ちょっと早めに出社したら、仕事が山積み過ぎて、どれから手をつけたら良いのか判らない事態。
クライアントコントロールがぐだぐだ、あれやこれや重なりまくっている。
おいこら、納期の順番に対応しますってば。それって、声がでかい順じゃない。しばし、馬車馬の如く働く日々になりそう。
もちろん、言うまでもなく稽古もします。閃きを得るような刺激を受けた瞬間が、旅先であったから。なんと、武道稽古者としての野心が芽生えてしまった。

かくして、私の人生は自分勝手に強化されたのでありました。

(^▽^)

そんでもって、
仕事とか稽古とかをしながら、次は何処へモリッシー先生が歌うのを追いかけようか考えている。そうなるのが当たり前の展開。
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唯々、その場にいる事をどうか許してほしい。
私の反応速度はとても遅い。反射的な行動ならば人並みよりちょっとは速いかもしれないけれど、認識したり思考したりを伴う行動はすごく鈍い。
日本に帰ってきてから反芻するたび、じわじわ沁みてきている。
例によって、いつもの通り、見聞した事物について身体の具合が悪くなるまで考え続けている。良いでしょ。


そうだ、これは書いておかねば。
Hollywood Bowl でお会いした聴衆の方々、ご挨拶をありがとうございました。
現地集合の知人さん、いつも最前列にいる顔見知りさん、いきなり背後から声をかけた初対面さん、
マーチャンダイズでばったり再会したスペイン語訛りの女性達、
いつか何処か Morrissey が歌う場所で再びお会いするんだろうな。そうなるでしょうね。

ついでに、
ショーの間はやかましく厳しかったけれど、ショーの前後には礼儀正しかったセキュリティの方々、
お疲れ様でした。
2日間とも、「下がりなさい」「席に戻りなさい」と何度か体当たりを食らいましたが、ショーが終わった後には「楽しんだ?」と優しく労われるのでした。
お互いに"役割"を果たした結果ですから、恨みっこなしです。だって、モリッシーのショーですから。
いつかまた遭遇することがあったら、どうかお手柔らかに…


*


写真の現像・整理から始めているのだけれど、かつてないほど面倒くさい事になっている。作文はその後だ。
ステージへカメラを向けた回数は、すべての曲でスマートフォンを翳してfancamを録り続けてたファン達に比べたら、全然少なかったと思うけれど。
でも、本当はヒトを撮るのは大嫌いなんです。だって、嫌いだから。
Morrissey だけが例外。かつ、Morrissey と氏のバンドとがステージの上に立つ姿だけ。それで充分。


そんな、旅の主たる目的であった "Mozwood Bowl" こと Morrissey at Hollywood Bowl 2日間に自分が撮った写真は、
Flickr にある。
いちおう写真の選定・現像は終わらせたつもりだけれど、
ボツにした写真が惜しくなって加えたり、逆にダメだと反省して隠したり、往生際悪くいじっている。終わるのかな。


please kindly note*
© 2017 Yukiko Nakagawa
These photographs of "Morrissey" are just personal memories taken by NON-professional
photographer audience, me.
Most importantly, Mr. Morrissey’s right of portrait has precedence over my copyright.


それと、 Los Angeles なる大きな街を5日間足らず行き当たりばったりに歩いて撮った写真も、
Flickr にある。
現在、時系列ぐちゃぐちゃにストレージ進行中。果たして最終的に何枚になるのやら。



■ November 9. 2017

 着いた、燦々と日が差す場所。

 聖林に来た実感が湧く眺め。
 ただし、ごく一部の人達にとって。

 私の趣味は庭いじりです。

 恒例、ただのぷらぷら街歩き。

 'The Queen is Dead'
 2017 re-issue における交通広告。
 これって、LA限定販促活動?

 音楽家ではなく、社長の手形探し。

 ♪Je suis un enfant de la terre...

 レコ屋さん。


■ November 10. 2017

 "Cimitirul Vesel" in USA...

 "Morrissey Day" のショー、
 開場前後の右往左往と Billy Idol。

 "Morrissey" を見聞したことについて。
 自分のことしか書いていない、それが精一杯。
 例によって他人様のお役には一切立ちません。
 悪しからず。


■ November 11. 2017

 看板。

 写真を観に行った。

 我が印象は、映画「天国と地獄」の天国。
 良い場所。

 我が印象は、映画「天国と地獄」の地獄。
 また行くべ。

 目に入った物について、ほぼそのまんま。

 第二夜。
 開場 〜 Billy Idol 〜 プレショービデオ 終わり。
 特に印象が強かったことだけ。

 再び "Morrissey" について。
 前日に増して自分のことしか書いていない。
 私はいち聴衆であって、
 批評家・評論家の類ではない。


■ November 12. 2017

 天文台。

 セルフビルド高い塔。

 映画好きっぽい巡礼。

 'The Queen is Dead'
 2017 re-issue における交通広告。
 発売直後には、もっと彼方此方あったらしい。


■ November 13. 2017

 夜明け前。


■ November 24. 2017

 メシの恨みは恐ろしい。


■ December 22. 2017





by snowy_goodthings | 2017-12-22 23:59 | 旅行記

あの、あれ 2

朝6時にはホテルを出なければならないのだが、その前に最後に行きたい場所が1箇所。
そのためにダウンタウンに宿替えしたんだから。

ホテルから2ブロックほど東へ、100年くらい前に建った小さなビルディング。かつては 'Dancing Girls'なる社交場があった模様、たいへん素敵な字体の看板が掛かっていた。
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時刻は朝5時過ぎ。
当然ビルの中には入れないのだが、ドアの向こうに普段はいる守衛さんも今はお休み中だから遠慮なく覗き放題である。
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此処は何かというと、あの映画であれが繰り広げられたオフィスがこのビルであります。

あれって、これです
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エレベータ内のシークエンスが、このビルで撮影されたかどうかは不明だけれど。そこまで細かい事はあんまり気にしない。

「(500) Days of Summer」を観て、いきなり "I love the Smiths" と言ってくる彼女に主人公と一緒に一目惚れしちゃって、今まで聴かずにやり過ごしてきたつもりだった音楽を聴き出して、あっという間に Morrissey に追いついて、あっちこっち幾つかの国を巡り巡って…いま、夜明け前の薄暗い時刻にビルの前に自分は立っている。なんじゃそりゃ。
年齢に相応しくなく青春真っ盛りな若人みたいな事をしちゃっているんだけれど、なまらワクワクするから気にしない。
まだまだ、始まったばかり。お楽しみはこれからさぁ。
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次の旅では何処へ行くべか。
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*


そのほかにも撮り散らかした写真は Flickr にあります。



by snowy_goodthings | 2017-11-13 05:35 | 旅行記

#THEQUEENISDEAD @ Downtown

S Hill St 沿いというか Pershing Square の向かい、Hill /5th バス停 のベンチは 'The Queen is Dead'。
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夜遊び仲間のクルマを待つ黒づくめのお兄さんがこのベンチから立ち上がって去るまで、隣に座って粘った。
うさちゃん、待たせたな。

ただし、これを撮っている間にも
行き場があるのかないのか謎のヒト達がこのベンチに座ろうと迫ってくるのであった。うぬぬー。



by snowy_goodthings | 2017-11-12 22:30 | 旅行記


日常瑣末事記録


by Yukiko

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