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先生、教え子

再び来ました、香港文化博物館「武 ‧ 藝 ‧ 人生 ─ 李小龍」。
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今日はオットと一緒に来ました。
人間の増員に伴いヌイグルミも増員。らびさんはアメリカ生まれなんだが、我が家に来てからこれが初めての海外渡航だね。
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本当は昨年11月27日、ブルース・リーのお誕生日(満年齢で77歳、喜寿!)に再訪するつもりだったのが延びに延び、2018年7月20日までの会期終わり近くにやっと来ることができた…と思ったんだけれど、出発間際に博物館のサイトに追加された告知を見て動揺した。
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博物館延續李小龍傳奇!
「武‧藝‧人生 — 李小龍」展覽自2013年開幕以來,深受觀眾歡迎,平均每年接待六十萬觀眾。今年適逢李小龍逝世45周年,我們很高興與美國李小龍基金會達成協議,把展期延至2020年7月;同時,其他借出珍藏的海內外收藏家及相關機構,亦願意繼續支持展覽,讓李小龍的傳奇在香港文化博物館內延續,在此謹一併致以深切的謝意!
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没後40年を記念して2013年から始まった展示は年平均60万人を動員する人気を博していることから、2020年7月20日まで会期が2年間延びたそう。
あぃやー。もっと早くそう告知されていたら、都大会まで間近な時期に慌ただしく来る事はしなかったのに…とか恨めしく思いかけるのだけれど、自分が旅できる機会は限られているから。そういう巡り合わせだったと受け容れて、あんまり文句は言うまい。
(^_^;
一昨年「また来たい」と思った通りに再訪できた幸運を、まず喜ぶ。ついでに、また来るチャンスができたって良い方に考えてしまえ。

事実、また来た意味はあった。
前回観たときから何箇所か展示の配置・内容が変わっていて、初めて見た資料もあったし、見た覚えがある資料も此方の捉え方がちょっと変わってきているから見直せば新たな印象が沸いてくるし。

自分の記憶力って雑だなぁって思ったのは、お家を再現した本棚に三島由紀夫の'太陽と鉄'(日本語原書)があるのに驚きを覚えた時。この本は前に来た時も視界に入っていた筈なんだけれど、今日になってビシッと目に止まったのは2月にダブリンでフランス語訛りのカナダ人のお爺ちゃんに「君の名前は Yukio MISHIMA (三島由紀夫)と同じ韻の名前なんだね」と言われて以来、読書遍歴の記憶が地殻変動を起こして自分の頭ん中で"ミシマ"が浮上していたから。
自分にとって三島由紀夫は"文学"の人だったんだけれど、此処にあるのは、"鍛錬"の人としてかな、"思想"の人としてかな…わかりません。

船越義珍先生の'空手道教範'がある!…とか、空手か琉球古武術を修めていたら、もっと熱苦しく眺められたかもしれないんだけれど、それでも1冊ずつ背表紙のタイトルを読んでいくのが楽しかった。洋の東西を問わず、武術・格闘術いろいろ。日本刀の本とか。
(^_^) いつまで見ていても飽きない。

自分へのお土産に武術家としての李小龍の書籍「基本中国拳法」買った。中国語(簡体字)・英語でいろいろ増補されているから、時間はかかるが半分くらいは読めそうな気がする。
後ろのほうのページにある写真、真半身の姿が綺麗。
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もう1回できれば来たいと思った。2年後になる前に。


*


博物館を出て沙田駅から東鉄線に乗り、山と村と高層住宅とが混ざった風景を眺めながら新界を北上、粉嶺駅で下車。
改札を出たら、通路のあちこちに中国拳法教室のチラシが貼られている。香港の人達の歩きスマホ率は凄まじく、日本以上に市民の電脳化は進んでいるようにみえちゃうんだけれど…フィジカルな稽古事の広報はWEBサイトやSNSよりもフィジカルな媒体を使うほうが効くのだろうか。
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さて、2回目の香港では此処に来たかった。
駅を出てすぐ真っ正面にある立派な道教寺院の隣にある狭い門「田心村 翁坑路」をくぐった、ずっと先。
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目指すは、詠春葉問宗師墓地。
英語表記の "GRAYE" はGRAVEのスペルミスと思われるが、無問題。何を伝えようとされているか、解ります。
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大問題なのは、視界が薄黒くなるくらいの勢いで群がって来る蚊。こうなる事を予想していたにも関わらず、昨夏に宗教公園五色園の薮を掻き分けた時に使った残りの強力虫除けスプレーをリュックに入れてくるのを忘れていた。後悔するというより、自分の凡ミスっぷりを恨むぜ。後退は無い。進むのみ。
ぶんぶん腕を振り回しながら、道を塞ぐ倒木・落ち葉を乗り越えて登り切った先に葉問先生はいらっしゃいました。少し離れた場所からもすぐわかった。
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葉問派詠春拳の宗師、"イップ・マン"こと葉問先生。
礼に則り、この人物について・生涯かけて伝承された武術について、解ったような物言いを一切致すつもりはありません。
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広東省に伝承される武術の使い手が故郷を離れた最初のきっかけが、日中戦争が始まってすぐに自宅・財産を日本軍に接収されたことだってのは"情報"として知っている。(大戦後には佛山へ戻ったが、国共内戦により香港へ渡ったらしい)それを最初に知ったとき私が思い出しちゃったのは、日中戦争の終わりに満州国(現:黒竜江省)にあった屋敷をソ連軍が司令部にするからと "Давай, Давай" と追い出されたって、いつでもつい昨日の事のように話す我が母の回想話。おかげさまで「私」という人間の中で極めて限定的に中国の東北部と南部とで因果が繋がっちゃっているのだが、実際にはお互いまーったく関係は無い。そんで、こういう昔話を教訓みたいに扱って賢いぶりっこするつもりも無い。
…とかなんとか、つまりただ「一代宗師」に会いに来たかったのです。合掌。

ちょっとでも静止していると蚊が寄ってたかってくるので、わずか1~2分ほどで退散せざるを得なかった。
この辺りにあるお家は涼を取るためか玄関も窓もぱっかーんと開いていたんだけれど、風と一緒に虫も入り込んでくるのは気にならないんだろうか。
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もう1回改めて来たいと思った。蚊がいない季節に、ちゃんと墓参の支度をして。


*


乗り鉄して来た道を戻って、星光花園 Garden of Stars で「あちょーっ」な記念写真を撮る旅行者さん達を眺めて1日目は終了。
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木曜夜に道場での稽古が終わってから荷造りをして、夜更かしして「燃えよドラゴン」を観て、そのまま明け方のバスでYCATから羽田国際空港へ行き飛行機に乗ったから、たいへん今日1日を長く感じている。もとい、さすがに疲れた。そして眠い。


*


ぜんぜん蛇足なんだけれど、このたび香港へ来る前に知った事。
香港での葉問の武館は何度か移転していて、李小龍が修行した頃(1950年代)の建物は再開発により区画ごと無くなったらしい。油麻地駅の南東、Broadway Cinematheque って映画館がある辺りだったっぽい。←ただし確証無し




by snowy_goodthings | 2018-06-29 17:00 | 旅行記

Jesus Christ Shingou Star

毎年6月の第一日曜日に開催される奇祭(奇跡の祭?奇妙な祭?)「キリスト祭」を見るべく、朝8時前に十和田湖を出発。
これが旅の第一の目的であります。

目指すは、戸来村(現:新郷村字戸来)にある、キリストの墓。
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ゲストハウスの真ん前を通る十和田道(国道103号線)から国道454号線に入って、道なりにまっすぐ(実際はつづら折りに曲がりくねっている)山・里を50分くらい走ったら着く…筈だったのだけれど、迷ケ平を抜けて道が広くなった戸来嶽から先は「全面通行止め」で封鎖されていて進めない。

えーっ!
此処に来るまで、そんな看板なんざ見かけなかったぜ。
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クルマのナビも、オットに持たせた我がiPhoneのGoogle Mapも、そんな交通規制があることをまったく認識していなかった。
仕方が無いので、封鎖バリケードの手前で右折して県道216号線に入るんだけれど、さきほどから頻出する「クマに注意」の看板がおっかなくて、一時停止して地図を見ようって気になかなかなれない。
今日も良いお天気で、山菜採りに来ていると思しき路上駐車のクルマを頻繁に見かけはするが、この辺りは何年か前にクマがヒトを襲った地域だと思う。一昨日も昨日も、"地元の話題"として「クマが人里近くで出没することが増えた」という話が出たばかりだし。
青森県庁(https://www.pref.aomori.lg.jp/index.html
最終更新2018年4月25日
クマに注意してください!

人間とクマとがお互い体ひとつで対峙したら、強いのは森の主さん。
アイヌの人々にとって、クマは"神"。"山親爺"って呼び名もあるけれど、あれって内地から北海道への開拓民が付けたとかなんとか…その認識で正しいっけ?
北海道に住んでいた頃、ヒグマの恐ろしさを脅されるように教えられたし、めちゃくちゃ記憶曖昧なんだが何処かの牧場で巨大な豚が人間の大人を襲っているのを見たし、今は死んでいる我が父が「子供の頃、家で飼っていた馬にバカにされた」とか話をしていたし。
人間と動物との関係って、お互いに恐怖や緊張を伴いながら"生きるか死ぬか"とか"食うか食われるか"とか"意思疎通する努力をする"とか"信頼関係を築く"とか試されるものだって腹を括ったほうが、いろいろ腑に落ちる。それぞれが、それぞれの存在としてこの世に生を受けているんだから。
…って、自分は考えているけれど。ヒトが他の種に対して、知恵や情を使う態度は素敵な事です。ただ、そのときに動植物を"護る"って態度は、なにか足りていない気がする。その上から見下ろす感は、なんなのだ。
しかしながら、人間よりも"強い"生物が存在しない国・地域の人々はまったく違うように考えるのかもしれない。それって人それぞれだし、たぶん自分にはずっと解らなかろう。


閑話休題。


1時間くらい余裕をみて早く出発していて良かった。
道の選択肢は今目の前にある県道1本しかない。何処かで左折=北上できる道を探そうと思いながら走っていたら、Google Map が「1/4マイル先を左後方に曲がれ」と突然喋り出す。それに従って曲がった道は、田んぼや畑に囲まれた細い道。トラクターとすれ違ったりしながら、お仕事をする方々のすぐ横をすり抜けたりしながら、本当にこの道で良いのかしらと疑い始めたら、ぽっと、国道454号線通行止め区間の東側に出た。そこからはただ真っ直ぐ走るのみ。


着いた。
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が、想像していた"田舎のお祭"とはずいぶん違った雰囲気が漂う。通行車両の整理をする警察・駐車場への誘導をする黄緑色ヤッケの役場スタッフがずらっと並んでいて、ちょっと物々しい。
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観光客である我々は「臨時駐車場」なる空き地に誘導されて駐車。
もとからある駐車場には「招待者駐車場」として、黒塗りのクルマが続々と到着する。後部座席からは"先生"っぽいおじさまが降りていらっしゃって、胸に大きな花章を付けて慣れた足取りで坂を上がっていかれる。我々も式次第を貰って、ついていく。
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「キリストは、にっぽんでひゃくろくさいまでいきたんですって」「あれがおはか」←棒読み
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私からは説明できませんので、Googleで「青森県 キリストの墓」で検索してください。
なお、此処がある戸来(へらい)村こと、新郷村の行政WEBサイトにもちゃんと載っています。
村民みんなが健康で明るく心豊かな長寿の村 新郷村(http://www.vill.shingo.aomori.jp
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2004年にはイスラエル国エルサレムから石版(なんと書かれているか、ヘブライ語は読めない)が寄贈されて、その除幕式には当時の駐日大使が参列したそうです。
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お祭りは、新郷村長のご挨拶と来賓である青森県知事(の代理)からの祝辞で始まり。
青森県は訪日外国人のべ宿泊客数が過去最多を更新して東北地方でトップであるとか…そういうお話を伺って、私の頭の中はなんだかお仕事っぽくなる。違います、休暇で来たんですってば。
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神道に則り祝詞奏上。もろびとこぞりて、かしこみかしこみ。
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そして、玉串奉奠。
来賓である背広姿の角張った肩書きの方々から始まって、「月刊ムー」編集長も登場。神の子の前では、政治もオカルトもなにもかもが平たく等しい。
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遠くから眺めているだけでおめでたい心持ちになった、田中獅子保存会さんの奉納舞。たてがみで顔を隠したお獅子が、腰低く動く有様に見惚れた。良い物を見たって書いたら、偉そうになっちゃうかな。でも正直な感想。
来賓の方々が「ご利益ありそうですね」と嬉しそうに獅子に噛まれていた。
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村のお祭りっぽく「短歌ポスト入選歌表彰式」というイベントもあって、とうとうお待ちかねの瞬間がやってくる。
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奉納舞「ナニャドヤラ」。キリストの墓の周りを、誰も歌詞の意味を知らない歌に乗って盆踊り。これは、仏教か原始宗教か。もうわからない。
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最後は観光協会会長がご挨拶されて、りんごジュースの乾杯で締め括り。
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Vedi AOMORI poi muori.

此処を知らずに、日本を知っているなんて言ったらいけない。
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ナニャドヤラは"日本最古の盆踊り"とも言われていて、旧南部藩の地域に広く伝承されているんだそう。
後日、仕事で調べ物をしていたら
青森県・岩手県の県境を越えた「北緯40°ナニャトヤラ連邦」なる地域信仰、もとい、地域振興の取り組みがあるというのを知った。面白い。
八戸市
岩手県

各地に伝わるナニャドヤラの踊りを眺めながら、伝承館に行ってみよーう。
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「もうせいしょをしんじません、むーをよみます」「ろまんはしゅーきょー・こっきょーのかべをこえるのだ」←棒読み
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あわわわわ…恐るべし、竹内文書。


*


キリストの墓を訪れたなら、キリストっぷへ立ち寄るべし。
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ミニストップじゃないです。此処にはソフトクリームはありませんから。
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炙り餅があったから、頂きました。お味は胡麻・ねぎ味噌の2種類で、これはゴマ。おいしゅうございました。
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駄洒落が効きすぎたお土産が沢山あります。買っちゃったよ。
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たまたま隣に座った方から「クルマだったらすぐですよ」と教えて頂いて、神秘の山・大石神ピラミッドへ。
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これは、日本最古のピラミッドだそうです。「方位石」「太陽石」「星座石」「鏡石」と名付けられた石が"置かれた"場所だそうです。


神秘に正解はない。ロマンは時空を超える。
私は自分が生まれた国について、まだなにも知らない。かなり盛りぎみに、思い知った。



by snowy_goodthings | 2018-06-03 13:30 | 旅行記

十和田湖には神様がいっぱい

いつも慌ただしい訪問で申し訳ないです。13時過ぎにオット実家を辞去。

Google Map いわく、目的地までは県道と国道とを走って2時間かからないくらい。
五所川原→青森→黒石までの道は、難無くすいすい。黒石市街地を抜けると、上り坂。車の往来も少なくなったというか、同じ方向へ向かう車が前後すぐ近くにはいないから、たいへん気持ち良く走ることができた。
今日は土曜日。とても良いお天気で日差しは眩しいが窓を開ければ気持ち良い風が入ってくる、ドライブ日和なのだけれど。

温湯温泉は「ぬるゆ」って緩い響きが素敵だ。
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通り過ぎるには惜しい、クルマを停めて引き返して看板だけ撮った。

この辺りは、平川。渓流っぽい風景が視界の端にずーっと続くようになって、道幅が狭くなる。周りは木々だらけ。
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そして、峠。
右に左に激しく湾曲し高低差がある道をトヨタヴィッツでぶいぶいと走ったんだけれど、慣れないレンタカーじゃなくって幌を開けたべーゔぇで駆け抜けたらすんごい愉しかっただろうと思う。
まぁ、道幅がたいへん狭い箇所が多々あったから、果たしてべーゔぇで駆け抜けることができたかどうかは自信が無い。
(^_^; 時々、大きなクルマがセンターラインを踏み越えてくるのとすれ違ったりしたし。自分もけっこう道幅いっぱい使って走らないと左側の斜面を転がり落ちるんじゃないか不安になった瞬間があったり。
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「ここは秋田県!」「あれは十和田湖!」
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滝ノ沢展望台から望む十和田湖は、新緑に阻まれてちらとしか見えないんだけれど、それでも感激しちゃう。
右に行けば目的地の休屋。左に行けば奥入瀬渓流をちょっと走れるんじゃないかなって一瞬ぐらっと迷ったけれど、「あれも見たい」「これも行きたい」欲張らないことにした。今日はそれで正解だった。

横浜の我が家は窓を開けていると外から人間の泣き声とか叫び声とかがしばしば聞こえてくるんだけれど、此処はさっきから人間ではない生き物の鳴き声がずっと聞こえてくる。鳥とか虫とか蛙とか。
…と、そう書くとほのぼの長閑な雰囲気を醸成しそうになるけれど、現実はそんな良いもんじゃない。
クルマの高さすれすれまで滑空してくるツバメが視界に入って減速したり、つがいで戯れるモンシロチョウがクルマの真ん前に現れて減速したり、交通事故に遭ったと思われる野鳥を見たり、開け放った窓から小さな羽虫が飛び込んできたり、いろいろ。
ハンドルを握っていた自分は街中とは違う種類の緊張を強いられる。
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「休屋に着いたぁ」「休みやぁ」
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今日は土曜日。とても良いお天気で日差しは眩しいが、湖から気持ち良い風が流れてくる。
青森・秋田の地元に住む方々にとっては、絶好のピクニック日和というか、まぁ、なんとなればBBQ日和と言っても良いんじゃないかと思うのだけれど。ぐるっと見回して、そういうアクティブな行楽客は少なめ。
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街中でしばしば看板をみかけたデーリー東北さんの記事によると、
十和田地区への夏季の観光客数は東日本大震災を境に減少。最近は回復傾向にあるものの、いまだ震災前の水準には戻っていないらしい。
また、此処、十和田湖畔休屋地区で2005年度に50件以上が営業していた宿泊施設・商業施設は2013年度には30件弱まで減少しているそう。
デーリー東北(http://www.daily-tohoku.co.jp/
2016年2月1日

前回、我が家が十和田湖に来たのっていつだったけ?10年以上前であるのは確かなのだが、何年だったか記憶が曖昧。
前回は奥入瀬渓流を時間かけて歩いて秋田県がわ湖畔のお宿に泊まったんだっけかな。たいへん楽しい滞在だったもんだから「また行く」とずっと思っていたけれど、オットの実家が青森県にあるから心理的距離はそんなに遠くない筈なのに、やっと実行できるまで随分と時間がかかった。
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前回は休屋地区をぜんぜん見て回らなかったので、今回は歩くべし。
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十和田湖といったら、高村光太郎「乙女の像」。初めて観た。
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近年、日本にはパブリックアートとして"裸婦像"が多く存在することに対してフェミニズム的な観点から批判があるって、なにかでコラムを読んだことがある。
絵画・彫刻の表現として、生命体の"ありのまま"な姿である"裸"ってたいへん古典的なモチーフだと思う。古今のヌード絵画・写真の名作・問題作におけるモデルは、男性も女性もどちらもあったと思う。パブリックアートには"裸夫像"って存在しないんだろうか?
えーっと…ヘルシンキにはあった。自分は見損ねたんだけれど、確かにあった。行った事はないけれど、長崎平和公園の平和祈念像もあれは男性であろう。


杉木立ちの中にある立派な十和田神社。
さしたる信仰心を持ち合わせていない自分だって、参道から石段を昇って本殿が見えた刹那は荘厳な存在感に圧倒された。ここに現在祀られているのは日本武尊。その隣には、熊野権現と稲荷神社。
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十和田神社の縁起は2説ある。一説はたいへん政治的であり、もう一説はとてつもなく幻想的である。
ひとつは坂上田村麻呂が東征の際に荒れる湖を鎮めるために祈願して始まったというもの。
もうひとつは、熊野で修行した南祖坊が100足の鉄草鞋を授かり諸国を巡り、100足目が尽きた十和田湖畔で霊験により九頭の龍に変化して湖を支配していた八頭の大蛇を退治したのを崇め祀ったというもの。
いずれの由来であっても、敬う対象は水の神。明治元年の神仏分離令があるまで、十和田神社には青龍大権現が祀られていたんだって。

その青龍大権現は、十和田神社本殿から10分くらい階段と山道を登った山の上に現在いらっしゃる。行ってみよーう。
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登りきった先の平たい場所には、あれれ?神様が二柱。
どちらが青龍で、どちらがどなたなのか。此処は神域だからか、景観を乱す無粋な標識の類は無し。観光案内所をすっ飛ばして来たので、散策マップを持っていない我々は判らないまま、それぞれに二礼二拍手一礼する。
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帰宅してから十和田湖国立公園協会青森県庁のWEBサイトから地図を探して確認したら、すぐわかった。右が元宮こと青龍大権現。そして左が南祖坊。
ということは、十和田神社の縁起第2の説:「南祖坊=青龍」とは、憑依か召喚か神懸かり的な現象だったのだろうか。
己の力では手に負えないでっかい自然を目の当たりにした体験を経ているからかな、これら超常的な伝承はちょい不思議な説得力を伴って受け取れてしまう。神秘だわ。
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元宮の後ろにある鉄のはしごで絶壁を下った先の水辺が占場なのだけれど、長らく通行禁止になっている。
(遊覧船に乗るかボートで頼めば、湖から近くまで行くことができるらしい)
占いのお作法は、祈念をこめてお金を包むなどしてよった紙「おより紙」を湖に投げて、沈んだら吉兆・浮いたまま波にさらわれたら凶兆…とのこと。いつかやってみるべ。そのためにはまた来なければ。
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さぁ戻ろうと、振り返って視界に入った巨大な岩は、亀裂のあちこちに硬貨が挿まれている。おそらくこれは「胎内潜り」といわれる岩石信仰の場。その名の通り、くぐれる場所があるかは、見回しただけでは判らず。
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岩の背後に鉄のはしごが掛かっている。さらに高い場所まで登っていけるっぽい。上がって良いのか逡巡しかけるも、行った。今回の旅行で山登りをする予定は無かったのだけれど、トレッキングシューズを履いてきていて良かった。足元って大事だ。
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昇って良かった。岩の上に鎮座ましますのは、八幡宮。
うっかりすると見落としそうなくらいに小さいのだが、武運の神様は武道稽古者である我ら夫婦に優しかった。←個人の感想です
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此処が十和田神社のお山で最も高い場所、「八幡宮展望台(中湖展望)」であるらしい。しかし、木々が鬱蒼として湖はほとんど見渡せない。我々はそれでも構わない。
現在の我々は、此処まで到達できたことの達成感が満ち満ちと充填されている。すなわち、満足であります。
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来た道を下って、鳥居を潜って辞去。
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風の神・火の神・山の神・金の神・日の神が並ぶ「開運の小径」は行かず、商店街へ。
写真のEXIFによると、このとき時刻は17時53分。日没までまだ暫くあるのだけれど、商店街はお土産店もレストランもことごとく閉まっている。1軒だけお土産店の灯りがついていたけれど、10分足らず後にはシャッターが下りそうな気配だったので、入らず。
湖畔の遊歩道ですれ違った行楽客達の姿も見えない。皆さま、今夜のお宿に篭もられてしまった様子。お夕飯はお宿で食べるのであろう。
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我々、今夜の宿は外国人バックパッカーが多めなゲストハウスで夕食は頼んでいないのだな。
というか、刺身を食べられなくて雑な菜食生活が馴染んできているワタクシは、温泉旅館のお夕飯の定番:会席料理を2/3くらいは食べられない。
(一昨年行った会津若松の温泉旅館では逆に2/3くらいは食べられたから、土地柄・献立しだい)
かつ、
たとえ旅館を出て街で食べようにも、ご当地名物の「ひめます親子丼」とか「バラ焼き定食」は厳しい。「きりたんぽ」と「いぶりがっこ」なら食べられるんだけれど。
もとい、そういう時は飢えるよりも喰らうべく妥協する。だけれど、何処も彼処もお店が閉まっちゃっているから、どうしようもない。
(^_^;

…と、飯の神には見放されたが、酒の神は味方をしてくれた。素敵な店構えの酒屋さんがあるではないかっ。
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店内撮影禁止という貼り紙に納得してしまう、壮観な品揃え。この有様は、うっかり世界に見せびらかしたくはない。はるばるわざわざ来て体感してほしい。酒好きなら、はるばるわざわざ来る価値あると思う。←ちょっと大袈裟

リンゴのビールとアテになりそうな食材をいくつか買って、旅籠のバルコニーで晩酌。
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そのあと、近くの温泉旅館が銭湯並み料金で浸かれるというので行ってみたら、宿泊客の皆さまはお夕飯の最中なのかな、大浴場も露天風呂も誰もいなかった。ぃえーい、広いお風呂を独り占め♪
風呂上がりはさすがに空腹になっちゃって、温泉旅館内の喫茶店でラーメン一杯。オットの丼に叉焼を投げ込みながら、頂きました。2018年6月現在、休屋地区の宿泊施設・飲食店で菜食を貫くことは無理だった。そういう巡り合せだった。ぐずぐずと文句は言うまい。
スタッフのおばさまと、ローカルな話題でお喋りできました。こういう事が、旅のお楽しみであったりします。


そうして、21時過ぎには就寝。
郷にいれば郷に従え。我々も早めに今日という日をお終いにするのでありました。



by snowy_goodthings | 2018-06-02 18:30 | 旅行記

ぜったい!五所川原

2年ぶりに来ました、五所川原。
五所川原というのは、吉幾三さんの「俺はぜったい!プレスリー」の生まれ故郷。
なお、平成の大合併で五所川原市になった金木町が生まれ故郷の太宰治は来年で生誕110年なんだって。あ、今年は没後70年か。

観光資源として、「五所川原立佞武多」が有名な街。
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なお、藩政時代から伝わる「虫送り」というお祭りが金木町にあるそうです。
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久しぶりなので、昼間の繁華街をぷらぷら。
初めて来たときは、デパートの中三があったのを覚えている。今やそれがどの通りだったか思い出せない。
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ちょっと驚きだったのは、五所川原市にインド料理店ができていたこと。元は"山口"さんが営む靴屋さんだったらしい。
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いわゆる夜の歓楽街の真ん中にある、「女子部の井戸」。なんと、元地元っ子のオットはこれの存在を知らなかった。
場所柄、妖しげな名前と思いそうになったが、違う。かつて此処には女子尋常高等小学校があり、これはその井戸。だから「女子部の井戸」。お水は甘い軟水。
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水といえば、昨夜オット実家で出された豆腐がたいへん美味しかった。
ビジュアルは普通のお豆腐なのだが、とにかく美味しかった。醤油など無用でそのままで美味しかった。横浜で食べる豆腐と何が違うのか、想像してみるに、水くらいしか思いが至らず。

この界隈は、夜、日が暮れてネオンが灯る頃に来たら賑わっているのかな。
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看板の津軽弁が読めないので、どういうお店なのか判らない。うぬぬ…
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五所川原といえば、
「まるみ」の中華そばが美味しかった記憶が鮮明ですが、とうとうお店を閉じられたとのこと。

「そしたら、亀乃家の天中華がオススメだよー」
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お蕎麦屋さんですが、中華そばが美味しいです。青森県、特に津軽地方はそういうお店が彼方此方にあるそうだ。なお、南部地方の事情は国が違うので、わからない。
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すんごい久しぶりな天中華。叉焼はいらない、オットの丼に移動。帆立のかき揚は頂いた。身が大きいんだわさ。

「食後には、あげたいをどおぞー」
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最近またテレビでも紹介されていた様子。これが東京のお店だったら、放映翌日からお客さんが殺到しそうだけれど、此処は五所川原であります。お互いに顔見知りな地元在住のお客さんが多め。ときどき我々のような来訪者がぽつぽつ。いずれにせよ、客足が絶えない様子。
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「あげたいの店」と連呼しちゃうけれど、此方は「みわや」さんです。


もういっちょ、五所川原駅前バスセンターへ。
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待合室の奥にある、キクチのおやき。もちろん選んだのは、白あん。
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ごちそうさまでした。
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たったの2年ぶりですが、以前と変わらない風景もあれば、以前から変わっちゃった風景もあり。
地元の本屋さんが閉店していたことの衝撃は、やや大きめ。其処でコーヒーを飲むのがお約束な行動だったから。
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by snowy_goodthings | 2018-06-02 12:40 | 旅行記

羊蹄山と尻別岳と牛たち

ぴったり1年ぶりのニセコ出張。今日は盛夏のような天晴れなお天気でした。
ペケレチュプのカムイ(日の神)は雌岳:羊蹄山から、クンネチュプのカムイ(月の神)は雄岳:尻別岳から現れたという。
ならば、あの双子のお山に向かって「ありがとーう」と言おう。
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今年も、喜茂別町の牧場タカラで一時停止。今年もまた、お葬式のような真っ黒いスーツ姿の場違いなオレは牛さん達に凝視されるのでありました。
/(^_^;
空港で日産NOTEを借りて走りに走ったひとりドライブでは、昼にはエゾシカ達に目の前を横断されたり、夜にはキタキツネに道端から睨まれたり、自分の手には負えない自然現象に恐れ入るばかり。


*


昨年は菜食できる場所を探すのに難儀したけれど、今年はざっくり下調べしておいたので苦労せず。予習は大事だ。
お昼は外国人旅行者が多く集まるお店に行ったらエゲレスの食堂で見るような"V"印(Vegetarian)が付いたメニューが呈示されたし、夜は駅前近くで地元のヒト達が集まるような居酒屋にえいやっと入ったら旬のアスパラの天ぷらがめた美味しかった。
さらに現地の方に「行ってみて」と教えて頂き、帰りにちょい寄り道して真狩村の山中で素敵なパン屋さんをみつけた。

2回目のニセコ界隈来訪は、初めてだった時よりもローカルな事物をいろいろ見渡せるようになっていた。
もし三たび来ることができたら、その時は何を見つけられるだろ。


by snowy_goodthings | 2018-05-22 14:25 | 旅行記

青い池

年にいちどの恒例となりつつある、富良野への出張途中に寄り道で青い池。
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一昨年は曇天昨年は雨天だったけれど、今年は晴れ。ついに天は我に味方してくれました。
ペケレチュプのカムイ、ありがとーう。


*


横浜暮らしのほうがうんと長いけれど、北海道に戻ると故郷への帰属意識というか…
かなり語弊があるけれど"ナショナリズム"っぽい意思がむんむん湧いてきてしまう。"郷愁"という表現でも良いんだけれど、そういう穏やかな言葉では包みきれないとんがった感情も混ざってきて、やや物騒な気配が漂う。そんな情動がぼーぼー。
もっとも、
父方・母方どちらの家も、とっくの昔に帰るべき場所を失くしているので、そもそも、あんまり美しい情緒に浸れっこないのです。
うひゃひゃ。




by snowy_goodthings | 2018-05-14 10:45 | 旅行記

2018年5月に京都で食べたもの

三条京阪駅の近くにあった、Vegan & Gluten-free な食堂で食べたタコライス。
グルテン耐性に問題がない自分は麩質を除く必要は全く無いんだけれど、食べてみたら美味しかった。久しぶりに生の葉野菜を"甘い"と感じる。普段食べるのは、煮炊きした野菜が多いから。
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周りのテーブルは、欧米人っぽいルックスのカップルが多め。あるいは、身なりがしゃんと綺麗な日本人女性か。
うーん…京都武徳殿での演武を終えて「お腹空いたぁ」とぶいぶい言う我々は、かなりアウェイな場所へ来てしまった感があり。
でも、来年また来られれば来ると思う。


*


今年も来ました、黄檗禅宗 瑞芝山 閑臥庵 で、京懐石普茶料理。
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今年はチズルさん達とご一緒。総勢5人で卓を囲んだものだから、食膳はたいへん賑やか。
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お喋りしながらのお食事、楽しかったです。
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西宮にメガネのレンズを作りに行かなければ。
そうですよ、西宮だったら、横浜から地続きだからすぐ行けるもん。グラスゴーやダブリンやベルゲンやスコピエに比べたら、ぜんぜん近い。



*


八段審査会の後には、先生と京都武徳殿の近くでペルシャ料理とインド料理とトルコ・アラビア料理が出てくるハラールレストランで、Kashk e Bademjan。ペルシア語で کشک بادمجان。すなわち、ナスのディップ。
ちなみに、ルーマニアにも同様の料理がある。東洋と西洋とが衝突する地域っぽい郷土料理。
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メニュー表記に従うなら、ラクト-ベジタリアン料理。乳製品は入っている。
「ハラール」とかいうと肉の串焼きを想像しがちだが、日本においては"菜食"の選択肢がある飲食店を意味する場合がしばしば。此処もそうでありました。
ネガティブな思い込みは止めてな。疑うなら、己の身体を以って確認してみてね。まぁ、全部が全部、都合良くはならないと思うけれど。


さすが、京都は観光の都。
非日常な食によって、我が旅情は満たされました。満足かつ満腹なり。


by snowy_goodthings | 2018-05-03 13:30 | 旅行記

北海道のへそ

昨日〜今日、富良野市の気温は-15〜0°C。
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先週いたスコットランド・アイルランドよりぜんぜん寒い。
でも同じ頃、ヨーロッパには大寒波が襲来。スコットランドは Red Alert の猛吹雪となったそう。
イングランドでも雪が降ったって、ロンドンまで Morrissey を追いかけていった知人さん達が写真をみせてくれた。
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良い氷柱。
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良い雪だるま。ダルマ?
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自分は雪の日生まれなので、このしばれる環境に猛烈にしびれる。
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街中では、海外からのスキー客にしばしば遭遇。
英語か台湾中国語を話すヒト達とすれ違う回数のほうが、地元に住まう方々に出会う頻度よりも多かったかもしれない。


by snowy_goodthings | 2018-02-28 08:00 | 旅行記

郵便ポスト

アイルランドの郵便ポストは、ナショナルカラーの緑色。
イギリスにおいて郵便ポストが「赤」と制定されたのは、1874年。日本の郵便ポストが赤いのは、英国の郵便制度をお手本にしたから。
アイルランド自由国が成立してグレートブリテンおよびアイルランド連合王国から自治領として分離したのが、1922年。その際、領域内にあった郵便ポストは英国王の紋章を削り緑色に塗り替えられたんだそう。
が、しかし。21世紀の現在も、街のあちこちに英連邦統治者の印が付いたポストが残っているらしい…と、知ったら探したくなるのが好奇心だらけな旅行者の性(さが)。
σ(^_^)

エゲレス・旧エゲレスの郵便ポストは、たいへん頑丈で物持ちがすごく良い。
これ、Edward VII って意味でしょ?在位:1901~1910だから、イースター蜂起よりも前。
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これは、George V(1910~1936)。この後に作られたポストは、アイルランド郵政 "P&T" 印に変わったらしい。
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あんまり「捜す」と意識しなくても、あっさり見つけられたので、あっという間に飽きてしまった。熱しやすく冷めやすい、滞在日数が少ない旅行者の性(さが)。
σ(^_^)


*


同じ George V 時代のポストでも、こちらは赤い。だって、此処はベルファスト。北アイルランドですから。
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帰国してから、あちこちもっと熱心に同じ事をされた方々の旅行記を拝見するに、アイルランド領内では緑色の"VR"(ヴィクトリア女王!)のポストなどもまだ健在であるらしい。すげえ。
エゲレス・旧エゲレス(←こういう表現をして良いのか、迷う)の郵便ポストは、たいへん頑丈で物持ちがすごく良い。


*


そのほか、旅写真は Flickr にアップロード済み。よく歩いた。よく撮った。






by snowy_goodthings | 2018-02-22 13:30 | 旅行記

Sweny's Pharmacy

今は死んでいる我が父親が文学好きであって良かった。おかげで私も文学はよく読んだ、子供の頃は。
父も私も同じ大学(良くも悪くも名乗るのが憚られるようなところ)の文学部出身であります。ただし、父はフランス文学科で私は哲学科心理学専修でしたから、私は10代終わり近くに文学からは離れたんだけれど。
/(^_^;


したっけ、私は今、ダブリンにいる。
だったら、やるべきは James Joyce『ユリシーズ』ごっこだろう…って、やった事は1つだけなんだけれど。
教会が怖いオレはミサを聞くのはすっ飛ばして、レモンの石鹸を買いに行くのでありました。←できる事が中途半端
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かつての薬局は、20世紀はじめの面影を残したまま薬局ではない場所になっている。
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ガラス張りのドアからふっと中を覗いたら、店内カウンター前の狭い空間には椅子がぎゅうぎゅう詰まっていて、男性ばかりが5人で読書会をやっている。入っちゃいかんかな?と思って躊躇していたら、真っ正面のカウンター向こうにいた白衣のおじさんと目が合って「おいでおいで」手招きされたので、えいやっと入ったら「時計回りに、ひとりX段落(←聞き取れず)ずつ輪読しているんだ。今は此処だから。」と、ぽいっと『若き芸術家の肖像』を渡された。はい?「大丈夫、僕らも読書会は初めてだから」とか、「私もフランス語が母国語だから英語の発音は上手くないから」とか、「ジョイスの英語はネイティブでも解らないから」とか、「君、何処から来たの?日本?僕は昨年、東京と大阪を旅行したんだよ」とか、励まされているんだか、宥められているんだか、乗せられているんだか、よく解らないまま、はじめての(英)読書会に参加…正確には引っ張り込まれた。
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私の席はこの写真右端の椅子、店でいちばん奥だから逃げようがない。

寿限無寿限無、ジョイスの文章。自分の英語音読について、出来の良し悪しはどうでもいい。どうにも読めない単語に出くわして詰まった時には2〜3方向くらいから発音を教えてくれる声が飛んでくるし、褒め上手な皆さんのおかげで楽しかった。
主人公 Stephen を"スティーヴン" と読むヒトと"シュテファーン" と読むヒトといて、ひとつの物語は読み手によって並行世界のような様相を呈する。読み手によってテンポが違うし、音楽みたいにも聴こえてくるし、いざ自分の番になって読み始めるとアルファベットが五線譜上の音符みたいに見えてくるし。ジョイスは声に出して読む英語だと知った。ただし字を追うのが精一杯で、咄嗟に意味がさっぱり解らない。なんとでもなれ。

自分が加わってから2周くらい読んで、終了。自分より先にいた若いお兄さん2人は途中でさらっと去っていった。にっこり笑って手を振り合って、お別れ。
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これも縁だろうって訳で、手渡された本は買った。
それと、目的のレモンの石鹸も。長崎銘菓カスドースのような、真っ黄色の石鹸。
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此処の運営・読書会の開催はジョイス愛好家のボランティアによって支えられているらしい。白衣のおじさんは「ちょっといってくる」と言い残して出ていき、残った店番のおじさんに「何処から来たの?」と訊かれたから日本から来たって答えたら、日本は何処にあるか知らないけれど遠いんだろう?店の中はいくらでも見ていって!とオススメされるもんだから、カウンターの中までずかずか入って彼方此方開けて見てしまう。
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いつも通り、外つ国を旅しているとオレはお爺ちゃんにモテる。暫く、アイルランドっぽい英語とフランス語みたいな英語と日本語カタカナ英語でちぐはぐお喋り。
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良いのか悪いのか、我が容姿は "遠い国から独りで来た若者" であるという印象を与えるらしい。いやぁ…私は結構いい歳をした大人なんだけれど。「撮ってあげる」と何枚も写真を撮られた。故に、珍しく自分が写った写真がある。(つぅか、おじちゃん撮りすぎ…帰国してからカメラのデータを開いてびっくり)
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フランス語みたいな英語を喋るお爺ちゃんは、カナダのモントリオールご出身なんだそう。おぉ、北米のパリですね。そのお爺ちゃんに名前を訊かれたので「ゆき子です」と答えたら、ぱぁっと笑顔になって、
「Yukiko! 君の名前は Yukio Mishima (三島由紀夫)と同じ音じゃないか!」と、両手を拡げて感激の意思表示を返された。

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…そんなことを言われたのは、初めてです。確かに、我が名と"三島由紀夫"とには alliteration と assonance とがある。
驚いた。まさかの展開。
シャープシューターでねじ伏せられたような衝撃。← 'Hitman Hart: Wrestling with Shadows' この比喩、わかりにくいか

ムッシュー、詩人!三島由紀夫の最後の作品である『豊饒の海』について、"The Decay of the Angel" だったかなんだったか「このような詩情豊かな表現をするMishimaは偉大な作家だ」云々、熱く語られた。その熱弁の力強さたるや…拝聴しているうち、私は目眩がしそうになる。

いよいよお店を出る時、お爺ちゃんに 'See you again, someday' と言ったら、「See you again じゃないよ、Farewellだよ」と挨拶された。
こうして、お別れ。そうか、一期一会か。


*


なんだか、ダブリンで再び文学愛に目覚めた。
前日のMorrisseyのショーでもそれを思った瞬間があったし、そういう潮目だったみたい。自分にとっては。三島由紀夫と Oscar Wilde と Sigmund Freud に嵌った中学生だった頃に戻った気分。もとい、フロイトは文学じゃないか。あぁ、それとJean Cocteauとかも通過したし…したっけ、自分が10代の頃にいちばん好きだったのは夏目漱石だった。そのほか、我が頭ん中には、今すぐにその名前を思い出せない作家先生達が多勢いらっしゃる。
面白い。なんだか、いろいろ思い出してきた。
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Sweny's に来る前、近くの公園に Oscar Wilde ゆかりの家や像があったから、ざっと駆け足気味に眺めて回ったんだけれど、自分の拙い知見では "何故このヒトが此処に?"とか思った。勿論、この人物がダブリン出身である事は知っているのだが、あんまり作品に "アイルランド" を感じた事がない。ヴィクトリア朝時代の作家であり、当時のアイルランドはイギリス(大英帝国)であったからかな。この作家はロンドンのほうが作品ゆかりの地が多い印象があり、終焉の地はパリである。それ故に。

おそらく、作家が生まれて死んだ時代の雰囲気から察して、私が自分勝手に受け取りやすいイメージで"在るべき場所"を捉えているんだろうな。

もっと後に生まれた James Joyce については、ちょー "アイルランド文学" の表現者と思っていたけれど、この作家も人生後半をほとんどアイルランド国外で過ごしており、スイスで亡くなっている。
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私が今いるダブリンで生まれた作家達に限らず。三島由紀夫でもJean Cocteauでも Sigmund Freud でも(だからフロイトは作家ではないんだけれどさ)夏目先生でも、そのほかの作家でも表現者でも、それぞれにとって、家庭とか故郷とか国とか…己の身体の"居場所"というか己の魂の"拠り所"はどう見えていたんだろ?何処にあると思っていたんだろ?考え始めたら、際限無く止まらなくなる。
彼等の生き様・死に様から、自分は何を知りたいんだか。伝記に書かれるような事実が実際はどうであったというのを云々するのは、徒労に終わるというか、ゴシップ好きを喜ばせるだけというか…そこに真実を求めるのはあんまり意味が無いという事は、ここ数日で身に沁みるように学んだ。だったら、己の感じ方・考え方に構っているほうが価値ありげ。自分の事は自分でなんとかする。私は私。うん。

"Patriotism is the virtue of the vicious" とは、ワイルドの言だったけ?切り取られた名言が多い作家だから、文脈全体で捉えないと頭が悪い自分は考えられない。えーっと…

そんなこんな考えながら、Davy Byrnes へ行って1杯引っかければ『ユリシーズ』ごっこはそれらしく終わったんだろうけれど、それはしませんでした。←できる事が中途半端


*


そのほか、旅写真は Flickr にアップロード済み。よく歩いた。よく撮った。



by snowy_goodthings | 2018-02-21 14:00 | 旅行記


日常瑣末事記録


by Yukiko

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