十和田湖には神様がいっぱい

いつも慌ただしい訪問で申し訳ないです。13時過ぎにオット実家を辞去。

Google Map いわく、目的地までは県道と国道とを走って2時間かからないくらい。
五所川原→青森→黒石までの道は、難無くすいすい。黒石市街地を抜けると、上り坂。車の往来も少なくなったというか、同じ方向へ向かう車が前後すぐ近くにはいないから、たいへん気持ち良く走ることができた。
今日は土曜日。とても良いお天気で日差しは眩しいが窓を開ければ気持ち良い風が入ってくる、ドライブ日和なのだけれど。

温湯温泉は「ぬるゆ」って緩い響きが素敵だ。
e0076761_09171971.jpg
通り過ぎるには惜しい、クルマを停めて引き返して看板だけ撮った。

この辺りは、平川。渓流っぽい風景が視界の端にずーっと続くようになって、道幅が狭くなる。周りは木々だらけ。
e0076761_09172894.jpg
そして、峠。
右に左に激しく湾曲し高低差がある道をトヨタヴィッツでぶいぶいと走ったんだけれど、慣れないレンタカーじゃなくって幌を開けたべーゔぇで駆け抜けたらすんごい愉しかっただろうと思う。
まぁ、道幅がたいへん狭い箇所が多々あったから、果たしてべーゔぇで駆け抜けることができたかどうかは自信が無い。
(^_^; 時々、大きなクルマがセンターラインを踏み越えてくるのとすれ違ったりしたし。自分もけっこう道幅いっぱい使って走らないと左側の斜面を転がり落ちるんじゃないか不安になった瞬間があったり。
e0076761_09171122.jpg
「ここは秋田県!」「あれは十和田湖!」
e0076761_09173606.jpg
滝ノ沢展望台から望む十和田湖は、新緑に阻まれてちらとしか見えないんだけれど、それでも感激しちゃう。
右に行けば目的地の休屋。左に行けば奥入瀬渓流をちょっと走れるんじゃないかなって一瞬ぐらっと迷ったけれど、「あれも見たい」「これも行きたい」欲張らないことにした。今日はそれで正解だった。

横浜の我が家は窓を開けていると外から人間の泣き声とか叫び声とかがしばしば聞こえてくるんだけれど、此処はさっきから人間ではない生き物の鳴き声がずっと聞こえてくる。鳥とか虫とか蛙とか。
…と、そう書くとほのぼの長閑な雰囲気を醸成しそうになるけれど、現実はそんな良いもんじゃない。
クルマの高さすれすれまで滑空してくるツバメが視界に入って減速したり、つがいで戯れるモンシロチョウがクルマの真ん前に現れて減速したり、交通事故に遭ったと思われる野鳥を見たり、開け放った窓から小さな羽虫が飛び込んできたり、いろいろ。
ハンドルを握っていた自分は街中とは違う種類の緊張を強いられる。
e0076761_09182686.jpg
「休屋に着いたぁ」「休みやぁ」
e0076761_09190364.jpg
今日は土曜日。とても良いお天気で日差しは眩しいが、湖から気持ち良い風が流れてくる。
青森・秋田の地元に住む方々にとっては、絶好のピクニック日和というか、まぁ、なんとなればBBQ日和と言っても良いんじゃないかと思うのだけれど。ぐるっと見回して、そういうアクティブな行楽客は少なめ。
e0076761_09211267.jpg
街中でしばしば看板をみかけたデーリー東北さんの記事によると、
十和田地区への夏季の観光客数は東日本大震災を境に減少。最近は回復傾向にあるものの、いまだ震災前の水準には戻っていないらしい。
また、此処、十和田湖畔休屋地区で2005年度に50件以上が営業していた宿泊施設・商業施設は2013年度には30件弱まで減少しているそう。
デーリー東北(http://www.daily-tohoku.co.jp/
2016年2月1日

前回、我が家が十和田湖に来たのっていつだったけ?10年以上前であるのは確かなのだが、何年だったか記憶が曖昧。
前回は奥入瀬渓流を時間かけて歩いて秋田県がわ湖畔のお宿に泊まったんだっけかな。たいへん楽しい滞在だったもんだから「また行く」とずっと思っていたけれど、オットの実家が青森県にあるから心理的距離はそんなに遠くない筈なのに、やっと実行できるまで随分と時間がかかった。
e0076761_23012823.jpg
前回は休屋地区をぜんぜん見て回らなかったので、今回は歩くべし。
e0076761_22373085.jpg
十和田湖といったら、高村光太郎「乙女の像」。初めて観た。
e0076761_09191112.jpg
近年、日本にはパブリックアートとして"裸婦像"が多く存在することに対してフェミニズム的な観点から批判があるって、なにかでコラムを読んだことがある。
絵画・彫刻の表現として、生命体の"ありのまま"な姿である"裸"ってたいへん古典的なモチーフだと思う。古今のヌード絵画・写真の名作・問題作におけるモデルは、男性も女性もどちらもあったと思う。パブリックアートには"裸夫像"って存在しないんだろうか?
えーっと…ヘルシンキにはあった。自分は見損ねたんだけれど、確かにあった。行った事はないけれど、長崎平和公園の平和祈念像もあれは男性であろう。


杉木立ちの中にある立派な十和田神社。
さしたる信仰心を持ち合わせていない自分だって、参道から石段を昇って本殿が見えた刹那は荘厳な存在感に圧倒された。ここに現在祀られているのは日本武尊。その隣には、熊野権現と稲荷神社。
e0076761_09160645.jpg
十和田神社の縁起は2説ある。一説はたいへん政治的であり、もう一説はとてつもなく幻想的である。
ひとつは坂上田村麻呂が東征の際に荒れる湖を鎮めるために祈願して始まったというもの。
もうひとつは、熊野で修行した南祖坊が100足の鉄草鞋を授かり諸国を巡り、100足目が尽きた十和田湖畔で霊験により九頭の龍に変化して湖を支配していた八頭の大蛇を退治したのを崇め祀ったというもの。
いずれの由来であっても、敬う対象は水の神。明治元年の神仏分離令があるまで、十和田神社には青龍大権現が祀られていたんだって。

その青龍大権現は、十和田神社本殿から10分くらい階段と山道を登った山の上に現在いらっしゃる。行ってみよーう。
e0076761_09121541.jpg
登りきった先の平たい場所には、あれれ?神様が二柱。
どちらが青龍で、どちらがどなたなのか。此処は神域だからか、景観を乱す無粋な標識の類は無し。観光案内所をすっ飛ばして来たので、散策マップを持っていない我々は判らないまま、それぞれに二礼二拍手一礼する。
e0076761_09135037.jpg
帰宅してから十和田湖国立公園協会青森県庁のWEBサイトから地図を探して確認したら、すぐわかった。右が元宮こと青龍大権現。そして左が南祖坊。
ということは、十和田神社の縁起第2の説:「南祖坊=青龍」とは、憑依か召喚か神懸かり的な現象だったのだろうか。
己の力では手に負えないでっかい自然を目の当たりにした体験を経ているからかな、これら超常的な伝承はちょい不思議な説得力を伴って受け取れてしまう。神秘だわ。
e0076761_09153154.jpg
元宮の後ろにある鉄のはしごで絶壁を下った先の水辺が占場なのだけれど、長らく通行禁止になっている。
(遊覧船に乗るかボートで頼めば、湖から近くまで行くことができるらしい)
占いのお作法は、祈念をこめてお金を包むなどしてよった紙「おより紙」を湖に投げて、沈んだら吉兆・浮いたまま波にさらわれたら凶兆…とのこと。いつかやってみるべ。そのためにはまた来なければ。
e0076761_23235039.jpg
さぁ戻ろうと、振り返って視界に入った巨大な岩は、亀裂のあちこちに硬貨が挿まれている。おそらくこれは「胎内潜り」といわれる岩石信仰の場。その名の通り、くぐれる場所があるかは、見回しただけでは判らず。
e0076761_09182977.jpg
岩の背後に鉄のはしごが掛かっている。さらに高い場所まで登っていけるっぽい。上がって良いのか逡巡しかけるも、行った。今回の旅行で山登りをする予定は無かったのだけれど、トレッキングシューズを履いてきていて良かった。足元って大事だ。
e0076761_09151861.jpg
昇って良かった。岩の上に鎮座ましますのは、八幡宮。
うっかりすると見落としそうなくらいに小さいのだが、武運の神様は武道稽古者である我ら夫婦に優しかった。←個人の感想です
e0076761_09164201.jpg
此処が十和田神社のお山で最も高い場所、「八幡宮展望台(中湖展望)」であるらしい。しかし、木々が鬱蒼として湖はほとんど見渡せない。我々はそれでも構わない。
現在の我々は、此処まで到達できたことの達成感が満ち満ちと充填されている。すなわち、満足であります。
e0076761_09143755.jpg
来た道を下って、鳥居を潜って辞去。
e0076761_09135986.jpg
風の神・火の神・山の神・金の神・日の神が並ぶ「開運の小径」は行かず、商店街へ。
写真のEXIFによると、このとき時刻は17時53分。日没までまだ暫くあるのだけれど、商店街はお土産店もレストランもことごとく閉まっている。1軒だけお土産店の灯りがついていたけれど、10分足らず後にはシャッターが下りそうな気配だったので、入らず。
湖畔の遊歩道ですれ違った行楽客達の姿も見えない。皆さま、今夜のお宿に篭もられてしまった様子。お夕飯はお宿で食べるのであろう。
e0076761_09192833.jpg
我々、今夜の宿は外国人バックパッカーが多めなゲストハウスで夕食は頼んでいないのだな。
というか、刺身を食べられなくて雑な菜食生活が馴染んできているワタクシは、温泉旅館のお夕飯の定番:会席料理を2/3くらいは食べられない。
(一昨年行った会津若松の温泉旅館では逆に2/3くらいは食べられたから、土地柄・献立しだい)
かつ、
たとえ旅館を出て街で食べようにも、ご当地名物の「ひめます親子丼」とか「バラ焼き定食」は厳しい。「きりたんぽ」と「いぶりがっこ」なら食べられるんだけれど。
もとい、そういう時は飢えるよりも喰らうべく妥協する。だけれど、何処も彼処もお店が閉まっちゃっているから、どうしようもない。
(^_^;

…と、飯の神には見放されたが、酒の神は味方をしてくれた。素敵な店構えの酒屋さんがあるではないかっ。
e0076761_09193714.jpg
店内撮影禁止という貼り紙に納得してしまう、壮観な品揃え。この有様は、うっかり世界に見せびらかしたくはない。はるばるわざわざ来て体感してほしい。酒好きなら、はるばるわざわざ来る価値あると思う。←ちょっと大袈裟

リンゴのビールとアテになりそうな食材をいくつか買って、旅籠のバルコニーで晩酌。
e0076761_09194428.jpg
そのあと、近くの温泉旅館が銭湯並み料金で浸かれるというので行ってみたら、宿泊客の皆さまはお夕飯の最中なのかな、大浴場も露天風呂も誰もいなかった。ぃえーい、広いお風呂を独り占め♪
風呂上がりはさすがに空腹になっちゃって、温泉旅館内の喫茶店でラーメン一杯。オットの丼に叉焼を投げ込みながら、頂きました。2018年6月現在、休屋地区の宿泊施設・飲食店で菜食を貫くことは無理だった。そういう巡り合せだった。ぐずぐずと文句は言うまい。
スタッフのおばさまと、ローカルな話題でお喋りできました。こういう事が、旅のお楽しみであったりします。


そうして、21時過ぎには就寝。
郷にいれば郷に従え。我々も早めに今日という日をお終いにするのでありました。



by snowy_goodthings | 2018-06-02 18:30 | 旅行記


日常瑣末事記録


by Yukiko I. N.

プロフィールを見る