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99分,世界美味めぐり / Foodies: The Culinary Jetset

食欲は7つの罪源でしたっけ…
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(C)B REEL.

登場する5人の"美食"ブロガーは、生い立ちも食に対する自分の存在意義の捉え方もさまざま。
個性として理解できるヒトもいたし、強い思想を感じるヒトもいたし、
己にクリエイティビティを持たない人間の承認欲求だろうって思っちゃったヒトもいたし、
無邪気な傲慢さが憎めないヒトもいたし、印象はいろいろ。

主役の5人が世界じゅうを旅して食らう姿も凄いんだけれど、
それぞれの土地で料理を作り提供することを生業としている
シェフや職人や女将の短い言葉がキラキラしていて、たいへん印象的。
後者の存在があっての前者。
飲食業はお客様があって成り立つ商売であるが、作り手がいなければ商売は始まらない。
故に、「お客様は神様」ではない。

自分も、自分の欲求を充たすために旅に出ることがたまにあるけれど、
そんな時、
"旅する自分" が主役なのではなくって、
自分の五感を通して見聞する "旅先の事物" こそが主役だ。


で、真の主人公である、現代の美食家達に食らわれる料理の数々は、
美味しそうに見えるモノもあれば、食材を愚弄しているんじゃないかってゲテモノもあった。

主役の1人がミシュランの三ツ星店をすべて制覇した後、
ムンバイのどこか海辺の小汚い屋台に辿り着く有様に「ざまあみろ」と思っちゃった。
(映画本編では写っていないが、ジ・オベロイか何処かの高級店にも行ったらしい)


美味しいものを食べて、
口福で幸福になりたいんだって言えば簡単だろうに。
大人の世界はややっこしい。


by snowy_goodthings | 2016-02-28 13:30 | 鑑賞記

Spring/Summer 2016

Tokyo is full of (crashing) Morrissey.
How delightful we’d be if these were Morrissey’s Asia-Pacific concert tour posters.
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Supreme... what's that?

渋谷パルコ裏、ここは「嘆きの壁」ですか。 (>_<、
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でも、嬉しい。
被写体が望まぬ事態であるかもしれない事は、理解している。それでも。
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まさか、
こんな光景を東京で見る日が来るとは。
こんな光景を自分の目で見る事ができるとは。


*


渋谷、原宿、青山、代官山、六本木…と、徘徊して撮りたまった写真は Flickr (←Click)にストレージしてある。

ポスターを剥がして小遣い稼ぎしようとしているスケーター悪童達に
「このヒトが誰であるか知っているの?」と話しかけたら「知らない、誰ですか?」と逆に訊かれたもんだから、
1980年代まで遡ってかの国の政治体制とか社会構造とかから話し始めて、自分でもわからなくなったり。
  そーんな、往年のファンには怒られそうな
  (モリッシーのファンとは、解釈の正解・不正解とか、視聴態度の在り方とか、
  不文律が多いらしい…自分には無理)
  私のまったく説明になっていない話に対して、若人達は知性を以って反応してくれたから、
  見た目だけではヒトってわからない。
狭い路地で中途半端に破れて剥がれかかっていたポスターを「モリッシー、痛いでしょ」とか、
ブツブツ塀に話しかけながら貼り直したり。
うっかり道端に落ちていたポスターを踏みつけてしまって(よりにもよって顔面を)、地面に向かって謝ったり。

そんなイカれた行動をさんざんした挙句、
自分はSupremeさんのPhoto-Teeを買うことなく春を迎えた。

装うことは、着る人を表現すること。
装束は、着る人の感情を満たし盛り上げるものであるだけでなく、それを見る人にもなんらか感情を湧き上がらせ判断・評価させるもの。
…という原理原則に従うならば、あれは自分が着るものではない。自分の何も現れない。
  見た目だけではわからない真実よりも、
  見た目だけで決められてしまう現実のほうがうんと多い。

昨年、コンサート会場とかいろいろで何枚もMorrisseyのTシャツを買っているから、
物欲ならばほどほどに満たされている。
"幸せの黄色いモリッシー"は3枚あるし(背面のツアー日程リストが違うだけ)、
他にも"女王陛下&裸レコード"とか、"Fanny The Wondercat"とか、"殺す"とか、"バタシー界隈"とか、
"大統領選"とか、あとなんだっけ… ←けっこう買っていたことに、今さら気付いた。
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自分はそれらを着る、着ています。着たら、自分にだって語れる事がちょっとはある。
自分にはモリッシーについて解説したり定義することはできないが(しちゃいけない)、
自分が観て・聴いて自分が感じたことだったら言える。


故に、この件はもう終了。
楽しかった。楽しかったけれど。
しかしながら、
自分が愛でたいのは"Tシャツにプリントされたヒト、モリッシー"ではなく、"歌うヒト、モリッシー"です。
さんざん壁の写真を撮り散らかした挙句に、勝手な願望を述べているけれど、このことは伝わるだろうか。



by snowy_goodthings | 2016-02-15 21:30 | 散歩記 東京


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by Yukiko I. N.

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