Preikestolen

フィヨルドは荘厳に大きくって、人間は愚かで小さかった。
あーっ!


*


朝、ホテルをチェックアウト。
昨夜の同志、Yさんもプレーケストーレン行きを計画していたそうで、
登山口まで一緒に行く事に。

横殴りに近い雨が降るなか、街の東にあるフェリー乗り場へ。
コインロッカーにスーツケースを入れてリュックひとつで身軽になったのは良いのだが、
肩バンドに引っ掛けていた一眼レフカメラが起動しなくなっている。
雨水が充電池ケースに入ったっぽい。
何かの拍子に動き出す事もあるので、タオルに包んでリュックの中:うさこの下に入れた。

今にして思えば、これは「良くない前兆」ってやつだった。
しかし、その時は全然気付かなかったのだから、まったく意味のない。


8時40分発のタウ行きフェリーに乗船。
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フェリー船内のアナウンスが "チケット販売は順次回るから待つように" と流れたのだが、
それらしきスタッフは来ないまま40分経過。タウに着いた。
え、降りちゃって良いの?良いの?降りちゃいましたよ。

フェリーを降りた目の前にバス停がある。
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此処から、プレーケストレーレンヒュッテへのバスは BorealTide 2社運行。
Boreal はローカル路線バスで、
Tide は旅行者向けにフェリー&バスをセットにしたチケットを販売しているらしい。
我々が乗ったのは、9時20分発のBoreal。割引がある往復チケットを買おうとしたら、
運転手さんに "今日のプレーケストーレンは大雨で登れないかも" みたいな事を言われた。

雨が止む気配なし。
雨天でも登る事は可能とも聞くし、行けるところまで行ってみる。
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9時55分、プレーケストレーン・ヒュッテに到着。
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此処でオレンジ色のレンジャーみたいなおじさんが、
"今日は荒天のため、プレーケストレーンに行く事は勧めない。
昨日も雨で、冠水で身動きできなくなった登山者数人を救助するためにヘリが出動した。"
と、"登山禁止" ではなく"推奨しない" 注意喚起。
我々よりも前に降りた面々は自信があるのか、ザックザックと歩き出していってしまった。
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自己責任で判断を委ねられてしまうと、かえって行けるところまでは行きたくなる。

稽古仲間さんから
ノルウェー駐在時に小学生のお嬢さんを連れて此処を登ったという話を伺っていたのだが、
夏のお天気が良い日ならば、軽装で登れちゃうくらい穏やかなトレッキングコースであるらしい。
  なんと、Googleストリートビューで全行程を見る事ができちゃう
しかし、今日はお天気が悪い日である。どのくらい大変になっているのやら。

自分の装備、上はバックカントリー用ヤッケで過剰に寒冷地仕様だが、
下は防水スプレーをかけただけのジャージであるのが、心配。ヤッケの丈が長いから大丈夫かな。
トレッキングシューズは、多少の水たまりも歩けるスペック。格好だけは、そこそこ立派。
なにより心配なのは、山登り慣れしていないオレの体力と左膝である。
ダメだと思ったら戻りますと言って、いざ出発。

此処まで道連れだったYさんは、ヒュッテで装備を整えると言うことで、いったん散会。
そしてそのまま、日本に帰るまで彼女とはしばしのお別れとなるのでした。
道中ご無事で、良い旅を。
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どうやら、私が登った時が、この日もっとも悪天候だったらしい。もし、
再びプレーケストーレンを目指すとして、この日みたいな天気に遭遇したら
その時は迷わず登りません。
そのくらい辛かった。冗談でなく、辛かった。本当に辛かった。
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登山口からプレーケストレーンまでは3.8km。高低差は330m。
数字だけを見ると、トレッキング初心者でもお子様でも楽しく登れそうな距離感。
観光案内や登山経験者さんの旅行記を見るに、上り2時間/下り2時間くらい。

しかしながら、ぜんぜん簡単ではなかった。
ジャリジャリっとした平坦な山道はあっという間に、岩だらけの階段状の急斜面に変わった。
そうかと思えば、平らな場所もあったり。ただ、どちらも雨で滑るので、歩きづらい。
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プレーケストーレンへは、
岩や樹木の幹に赤字で書かれた「T(↑)」を辿って行けば良いのだけれど、
雨と風で視界が悪いせいか、ときどき迷った。
1本道だと思い込んでいたのだが、
昔の砦とか、何処かへのルートとか、途中2〜3箇所分かれ道があったし。
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平らな湿地に出た。
晴れの日だったら、穏やかに歩ける景勝スポットなんだろうけれど。
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今日は冠水スポットであった。
誰かが置いた石を伝って向こうに渡ったが、帰る頃には川渡りになるであろう(実際そうなった)。
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この後、崖のような傾斜の岩場を登ったのだが、まるで滝登りだった。
登山口でレンジャーのおじさんとお喋りしたもんだから、自分は少し出遅れていたのだけれど、
此処で何人かに追い付いた。トレッキング慣れしている風なヒト達でも、苦戦している様子。

そうかと思えば、
後ろから何人も追い抜いてザッザッザッと進んで行っちゃうマッチョなお兄さん達がいたり。
いろんなヒトがいたな…


傾斜は緩むが、しばらく登りが続く。

登り始めた頃、上から降りてきた若いレンジャーさんに呼び止められて、
"そのウェアは全身防水だろうね?君、1人で登るの?本気?此処の登山は経験あるの?
今日は嵐だから、何かあった場合は1人は危険だよ。"
などなど、一気に畳み掛けられた。
きっと今日はもう何度もその注意喚起を繰り返してきているから、
そんな早口なんだろうなぁと思いつつ、"もう1回言って"を3回くらい繰り返し、
"ウェアはスキー用のだから平気。友人が後から登ってくる筈、たぶん。" とは答えたのだが、
"お前、大丈夫か?"という顔をしてくる。んー…そりゃそうだよな。
ややデマカセに "あのヒト達と一緒に行きますから大丈夫っ!" と宣言して、それから
追うように目印にしてきた3人には、此処で追いついた。
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私が勝手に"同行者"呼ばわりした3人は、スペインから来たご一家。
青いヤッケがお父さん、赤いヤッケがお母さん、黄色いリュックカバーがお嬢さん。

雨風びゅーびゅー吹き荒れる中、
レンジャーさんとオレとの会話が聞こえていたとは思えないのだが、この階段のてっぺんで、
お父さんが待っていてくれて、高さがかなりある最後の1段を上がるのを助けてくれた。
たいへんありがたかったです。

此処からは付かず離れずくらいの距離感で、3人とご一緒。
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ぺったりくっ付いて行かなかったのは、
自分がたまーに、ブツブツと昨夜聴いた歌を唄っていたから。
(^_^;
だって、今オレはフィヨルドにいるんだもん。雨風びゅーびゅー吹き荒れる中だから、
音痴でも気にならない。


湖を抜けると、樹木は少なくなって草が生えるばかりの岩場になる。
風が上下から吹いてくるのは、断崖が近いからだろうか。なかなか前に進めない。
動けなくなって、匍匐前進に近い格好で大地としばし戯れた時もあったり。
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こんな感じ。これでどんな光景か伝わったら、あなたは千里眼だ。

うへへ…さすがに、己の体力に自信が無くなってくる。
そういう時は、その場しのぎでも神頼みなんだが、北欧神話の神々は猛々しいから、
人間の弱気なんて相手にしてくれなさそう。

だって、北欧の神様ってさ…彼もその1柱でしょ。
彼ですよ、彼。
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(C)Marvel

_| ̄|○ おお、神様、神様、助けてパパヤー♪ 



リーセフィヨルドの向こう側が見えてきた。断崖絶壁の絶景。
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そして、遂にプレーケストーレン。
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歩きづらいとか登りづらいとか、大変だったけれども、2時間で着いた。
体感的には2時間30分くらいかかったんだけれど、写真のEXIF(撮影時刻)によると1時間50分。

高さ600mの一枚岩は、宙に浮いて見えた。
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下にはリーセフィヨルドがある筈だけれど、霧がかって見えません。
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地上600mよりも、うんと上にいる気分になってくる。「天空の…」という表現がよく似合う。

自分、クライマーズ・ハイってやつになっちゃっていたのかもしれない。
この景色を作った創造主を讃えまくりたい。それって、どの宗教?知らん!


フェリー乗り場前の売店で買ったおやつを食べて、ひと休み。滞在時間は5分くらい。
雨がやむ気配はないし、足場はどんどん悪くなるだけだから帰りましょうって事で、下山開始。

降り始めてすぐの場所で、下から上がって来たメディカルっぽいマークを付けた2人組に
"あなたプレーケストーレンまで登ったの?"
"顔がずいぶん白いけれど、寒くはないかい?" と声を掛けられた。
(^_^; え?
ノルウェー人に白いって言われるって、ちょっと尋常じゃない。
低体温症を心配されたのかな。
"寒くはないです、冬用ヤッケ着ているから暑いくらい。" と答えたら、
"無理しないペースで下りて。"と、見送られた。

帰りは雨風がちょっとだけ弱まったけれど、
増水して歩ける場所が狭くなっていたり、難所が増えていた。
あげくに、何にも無い場所で転んだ…他にもっと危ない場所はあったのに、
最後の最後、普通の登山道で滑った。
背中のリュックがクッションになってくれたのだが、
リュックの底に入っていたガイドブックが古紙パルプになりそうな勢いで濡れていた。
しかし、その上のカメラとうさこは無傷。濡れてもいなかった。
背負い主はびしょ濡れだったというのに。
(^_^;

山下りの所要時間は、写真のEXIFによると1時間40分。登りとあんまり変わらず。


登山口まで戻って、スペイン人ご一家と "やり遂げた!" と称え合い、お礼を言って、
慌ただしくお別れ。
彼らはTideバスで戻るそう。ちょうどそのバスが停まっていたから。

オレが乗る Boreal のバスは14時45分発だから、しばらく待たなければならない。
歩いている時は感じなかったが、動かないでいると猛烈に寒い。まるで吹雪の冬みたいに寒い。
これは良くない。
お土産屋さんでコーヒーを買って飲んだのだが、ちっとも温かく感じない。これは良くない。

ヒュッテに行って、レセプションのショップを冷やかしついでにトイレに入ってヤッケを脱いだら、
妙に重い。
左右の胸ポケット両方に水が溜まっていて、
右ポケットに入っていた iPhone が浸水している。さっきまで普通に使っていたのに…
液晶に水溜りができている。
そして、
左ポケットに入れておいた筈のバスの往復チケットが無くなっている。
水に溶けて古紙パルプになっていた。


バス停に行ったら、登山口で "NOT recommended" を繰り返していたレンジャーのおじさんに
再び会った。
おじさんはずっと此処にいたらしく、今やタウからのバスが到着すると乗客が降りる前に乗り込み、
"装備が完璧ではないなら登山を勧めない。このまま引き返しなさい。" と
乗降口で仁王立ちしていた。
  でもさっき、冠水スポットでものすごく軽装な団体さん達と擦れ違った。
  普通のスニーカーだったりフリースウェアだったり傘をさしていたり…
  彼らは登りきったんだろうか?
レンジャーのおじさんはオレのことを覚えていて、"君、頂上まで行ったのかい?" と呆れられた。
当たり前だが、褒めてはくれない。

バスの運転手さんは行きのバスとは違う方だったので、帰りのチケットは買い直した。
運転手さんにヤッケの袖に触れられて、
"ずいぶん濡れているけれど、上まで登ったの?登山道は冠水していた?このくらい?"とか訊かれた。
どれもYesです。

他にも、プレーケストーレンを登りきった何人かを乗せて、バスはタウへ。
斜め向かいの席に座ったお兄さん達が "窓下のヒーターで足を温めると良いよ" と教えてくれて、
それに従う。しかし、ちっとも温かく感じない。これは良くない。

バスを降りて少し待って、15時20分発のフェリーに乗船。
行きのチケットは買う機会を逸したけれど、帰りは買えた。というか、
チケット売りのスタッフさんがちゃんと回ってきたので "one-way" 言って買った。これで良い?

そして、このスタヴァンゲルまで、たった40分間の船旅がたいへん長くてたいへん辛かった。
プレーケストーレン登山よりも、この40分間がしんどかった。
寒いし、痛いし、目眩はするし、動悸はするし。凍死するんじゃなかろうか。
  道産子だったら、一生にいちどは吹雪に埋まった経験とかあるでしょ?
  あれですよ、あれ。あの時みたいな感じ。

まぁ、そんな簡単にヒトって死なないんだけれどさ。


16時、スタヴァンゲル着。
コインロッカーからスーツケースを引っ張り出して、そのまま10Nok硬貨を握りしめてトイレへ。
用途外の使用で申し訳ないと思いつつ、ハンドドライヤーで暖をとりながら
(バスで乗り合わせたお兄さん達も、隣で同じ事をしているような気配が聞こえた)、
スーツケースをばっかーんと開いて、上から下まで着替えた。
靴は、Grieghallenでの鑑賞用に小綺麗なものを1足余計に持って来ておいて良かった。
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しばしフェリー乗り場のロビーで休んで、雨が止んだ頃にバスターミナルへ。
18時35分発 Skyss Bus 400番でベルゲンへ戻る。
なんだかんだ、今日のプレーケストーレン行きは計画した通りの時間で進行し完了したのであった。

「ねぇねぇ、お空を見てー」
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憎ったらしい、虹が出ているぜ。
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トレッキングを趣味にしていたなら、
"次こそは晴天に登る!" と高らかに宣言するんだけれど、
"フィヨルドは暫く結構です" というのが、正直な感想。
今日見た風景だけがフィヨルドの姿ではないのは解っているし、
今日見た風景だって貴重である事は自覚しているし、もう胸一杯ですと言っちゃいたい。

…嘘です。
やられっぱなしは悔しいので、ぴっかぴかに晴れた日に無駄に時間をかけて、
また登りに行きたいです。
なんなら、ヒュッテにお泊まりしてじっくりと。

また行こうって気になる "きっかけ" さえ、得られれば。そういう条件付きですが。
まぁ、登山できる季節に "きっかけ" が再び巡って来るかどうかについては、予想がつかない。

by snowy_goodthings | 2016-08-09 18:50 | 旅行記


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