「君となら」

ずいぶん前にNHKで観た記憶がある、お芝居の再演。
e0076761_13305222.jpg

自分を好いてほしいヒト達が、自分を好いてくれるように、
"そのヒト達のため"と言い訳しながら、その実は"自分のため"に、
可愛らしくもみっともないウソを重ねる。
それって人間としては醜い性の筈なのに、何故か物語の終わりには素敵な調和を成す。

三谷幸喜世界には、そんな定式化した構造がみえる。
なのに飽きない。何故だ何故だ何故だ。


先日観た「朝日のような夕日をつれて2014」も再演モノでしたが、
あちらは再演されるたびに、上演時の"今"を物語構造に取り込み、舞台と客席の人々の記憶で
膨らんだ虚構世界の歴史を紡ぎ出していっている感じ。たぶん。

今日観た「君となら」は、たぶん1995年の初演時の台本ほとんどそのまんま。
ポケベルのギャグとか、よそのお家で電話を使わせてもらったらお礼に10円置くとか、
いまや解らない世代だっているであろうレトロなモチーフがどーん。
懐古趣味を愉しみつつ眺めながら、不滅の物語構造に感じ入る。そんな感じ。たぶん。

当て書きであっただろうキャラクター達を新しいキャストが演じることについて、
ふんわりと違和感がなかった訳ではないんだけれど、これも時間経過の妙と思えば納得。
観客のほうだって、時間経過と共に感受性は変わるんだし。

by snowy_goodthings | 2014-08-31 16:00 | 鑑賞記


日常瑣末事記録


by Yukiko I. N.

プロフィールを見る