演劇「津軽」

2009年秋、津軽鉄道・芦野公園駅で
太宰治生誕百年を記念し上演された"県民参加型"演劇「津軽」の再々演(再々々演?)。
2010年秋には東京公演があったけれど、
津軽で「津軽」を観ないでどうよ?…という妙な心意気を発揮して、
はるばるやって来たさぁ、青森県立美術館。
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オットが千秋楽の公演を予約をした後に、3月11日の東日本大震災。
行けるかどうか、上演されるかどうか、5月の東北地方は一体どうなっているのか、
いやいや、自分が住む関東地方こそどうなっちゃうのかって、考える事さまざま。
来られて良かったよー。
(^o^)


下敷きとなった小説「津軽」は、1944年5月に太宰治が出版社の依頼を受けて
故郷の津軽半島を3週間ほど旅して書いた、紀行文のような自分回帰の小説。
演劇「津軽」は、
その時に太宰が見たであろう、人々・事物の風景と彼自身の心象風景、
そして、現代の作家が彼の足取りを追う、彼が見つけたモノ探しを軸に展開。

津軽弁を解さないし、太宰治をいけ好かん自分でも、けっこう愉しい2時間30分。
1幕終わり「蟹田の大宴会」に因んで、休憩時間には
弘前劇場の方々からつがる惣菜(←オットの実家近くの弁当屋じゃん)のお弁当が配られ
カフェスペースでは「けの汁」が配給される。
うひゃー、
北東北のイエ特有の"客が食いきれないほど出す"もてなしってヤツですか。
(^_^;
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会場は美術館東ウィングの軒下とはいえ、暖房を入れる日も多い津軽の5月。
ブランケットと携帯カイロが配られたのだが、
2幕終盤あたりでズズズズーッと冷え込みが2〜3段階一気に厳しくなり、
防寒着ばっちりな津軽衆のお客さん達もモゾモゾ。
観劇のためだけに、クリーニングから戻ったばかりの冬のコートを持ってきて良かった。
(^_^;


たっだーし、
観劇という行為としては、疑似「津軽」気分で愉しかったが、
お芝居としてはどうなんだろ。
バランスが悪いというか、観ていて居心地が悪いというか、なんというか。
(^_^;
軽い韻を踏んではいるが断片的なエピソードの数々が、
津軽半島をぐるっと巡るにつれて、大きな環を描くように、太宰と人々と土地とが繋がる…
なんて、「うわぁー」っとカタルシスなんぞ感じられると勝手に期待しちゃったのだが、
そこまでは至らず。
円を描くには、なにかパーツが足りぬ。
あるいは、いずれかのパーツが合わない。そんな感じ。
しっかし、なんでそんな大それた大団円を期待をしたんだろ?
たぶん劇中の何かを観て、そう思ったんだろうけれど。
(^_^;
自分の原点=故郷は、
いつでも自分を待っていて、ありのままの自分を迎えてくれる…って、
当たり前の事が当たり前でなくなっている地域がある現状下で観たから、
余計に深々と考えてしまったってのも原因だろうか。
いや、舞台芸術はそんなヤワではない筈だ。それだけじゃないと思う。

そんなこんなで、やや消化不良。いや、食い足りぬ。


でもねでもね。このお芝居を観たおかげで、
これからもう少し経った季節、
水田に青空が映る中を走るオレンジ色の津鉄を見たいと本気で思った。
想像しただけでも、ワクワクする風景でしょ。
(^_^)
by snowy_goodthings | 2011-05-05 21:00 | 鑑賞記


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